2009/1/12

五十嵐公太 ロングインタビュー02  インタビュー
■この記事は、読みやすさを考慮して、下方向にスクロールしていくと追記分が現れるように構成されています■

YF:それでは、ここからがインタビュー本番です(笑)。
普段は全然聞かれないような事とかも聞きますので、よろしくです。
まず、「五十嵐公太」は本名ですか。

KI:本名です。

YF:カッコいい名前だなあ・・誕生日は?

KI:1963年、1月17日。山口百恵と同じ誕生日です。まあ、だからなんなんだ、って感じですが(笑)。あと、実は坂本龍一教授も1月17日生まれだそうです。これまたあんまり関係ないですけど。

クリックすると元のサイズで表示します
■1964年 五十嵐公太1歳■

YF:(笑)血液型はなんでしょう?

KI:O型です。

YF:O型・・・・じゃあ、ステージであんまり緊張とかしない?

KI:いや、しますねー。

YF:する!?なんかA型の福田から見ると、O型のミュージシャンは緊張しない、っていうイメージがあって・・・・浜田(省吾)さんとか、小島(良喜)っていうピアノ弾きとか。あとB型も本番に強いっていうイメージ。サンちゃんとか、河合(パッパラー河合)とか。俺は、いつどんなステージでも、お前何年ミュージシャンやってんだよ、っていうくらい緊張しちゃって。毎年やってるAAAの武道館でも、単なるバックバンドなのに、すげえ緊張する。その結果、思ったことの7割しか出来ない。

KI:同じですねー。僕もそんな感じですよ。物凄い緊張しいです。

YF:そうなんだ!それはけっこう意外だったなあ。嬉しいって言うか、なんて言うか(笑)さて、もしよろしければ、お父上のご職業を教えてください。

KI:父親は弁護士です。で、祖父も弁護士・・・

YF:弁護士一族!?なんというか・・・優秀な家系だねえ。ご兄弟は?

KI:姉が一人と、双子の妹弟がいます。この妹弟は上の二人の「ハズレものぶり」を見て育ったせいか今は固いサラリーマン&主婦ですが、姉はコントラバスをやっていて普通に女子大を出てからいきなり芸大に入りなおして、そのあとアメリカのジュリアード音楽院に留学して、いまはアメリカで活動をしてます。僕自身は、何故か、姉が優秀な演奏家だ、っていう認識はあんまりないんですが・・・僕が聴いていない時にはちゃんとうまいらしい(笑)。

YF:身内の評価ってシビアだなあ(笑)。それにしても、長男長女がともにアーティストっていうのはすごい。どんなご家庭でした?

KI:よく覚えているのは、とにかく祖父が人を集めてワイワイやるのが好きで、お正月やお盆なんか、もう家に何人お客さんがいるのか分からないみたいな状態で。多分、50人くらいのお客さんが来てて、麻雀の卓がたくさんあって、そこらじゅうで麻雀やってる、みたいな(笑)。

YF:にぎやかなお家だったんだねえ。そういう明るいおじい様がいる家の4人兄弟姉妹っていうと、そりゃまたさらにニギヤカだったでしょう。

KI:そうですね、どったんばったん入り乱れて育ちました。

YF:理想的だねー、それは。公太くん自身はどんな子供だったんですか。

KI:うーん・・・・僕は小さい頃の事ってあんまり覚えてないんですよ。極めて普通、というか・・家ではおとなしくて、表ではけっこう活発だったかなあ。

クリックすると元のサイズで表示します
■1967年 五十嵐公太4歳■

YF:「逆・内弁慶」っていう感じ?

KI:そうですね。小学校の頃は野球少年でした。別にクラブ活動を一生懸命やってる、とかそういうのではなく、あくまで遊びの一環として野球が好きだった、っていう感じですけど。巨人、貴乃花・・もちろん先代のです、卵焼き、っていう、すごーく普通な感じです。

YF:初恋は?

KI:小学校3年。荒木順子ちゃんという子が好きでした。

YF:しっかり覚えてますなー(笑)。

KI:あと、小学校5〜6年の頃は「フィンガー5」命、でした。姉や従兄弟の影響でちょっと「耳年増」な感じはあったんですが、とにかく「フィンガー5」は大好きで、レコードは全部持ってました。

YF:おー、音楽の話、来ましたねー。じゃあ、いわゆる音楽のファーストインパクトは「フィンガー5」。そういえば公太くん、AAAで「恋のダイヤル6700」やった時、すごく嬉しそうだったもんね(笑)。

つづく


コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ