2009/1/12

五十嵐公太 ロングインタビュー03  インタビュー
YF:中学に入ってからは?

KI:中二の時フォークギターを買って、普通にフォークソング歌ってましたよ。かぐや姫とか、風、とか、井上陽水とか・・・文化祭で歌ったりもしました。どうも、これは人づての情報ですが、一学年上の女子で結成されたファンクラブがあったらしいです(笑)。

YF:すげ!さぞ可愛かったんだろうなあ、きっと。バンド願望みたいなものはなかったの?

KI:当時、学校の友達と、ではなく、通ってた進学塾でバンドを組みました。塾には、普通にエレキギターやベースを持ってる子が多かったんです。

YF:進学塾って、お金持ちの子供が多かったってことかな・・

KI:そうなのかもしれません。で、空いていたポジションがドラムとボーカル。もともと楽器屋さんで見てドラムセットというものに興味があった事もあって、ドラムをやることにしました。

YF:別に強烈にやりたかった、というわけじゃなくて、空いてるポジションに収まったのがその楽器をはじめたキッカケ・・実は、プロになった人間にもけっこうありがちなケースだよね。ギタリストが余ってたから仕方なくベーシストになったとか。そういえば小島(良喜)も、ギターやりたかったけどジャンケンで負けてキーボードになった、って言ってた(笑)。ドラムはどうやって勉強したの?

KI:最初、姉の友人に習ったんです。その人自身がドラムを叩いてる姿は全く見たことないんですが・・・(笑)とにかく手取り足取り、教えてくれて。

YF:ライブは?

KI:数回リハーサルスタジオで音を出しただけで、終わっちゃいました。確か、「Apeng」っていう名前のバンド。

YF:ホントに幻のバンドだね。そのバンドがライブハウスに出て人気が出ちゃって進学どころじゃなくなって・・・っていうドラマチックな本末転倒はまるでなく(笑)、五十嵐公太の人生において、進学塾はあくまで進学塾として機能した、という事かあ。
当時、得意な学科は?

KI:英語・・いわゆる「受験英語」って言われるものは好きでした。英会話は今も苦手ですけど。数学は、数字を見るのもイヤでした。

YF:小・中学校と公立校で、高校も公立へ?

KI:いえ、私立の桐蔭学園高校に進学しました。

YF:うわ、名門受験校だ!男子校?

KI:はい。制服はツメエリ、校則はガチガチの、カタい高校です。今はどうか知りませんが、当時は公には「ポピュラー音楽禁止」。放送部は昼休みにロックをガンガンかけるんですけどね。とにかく「バンドをやってる」というのがNG。それだけで、進路指導の先生に不良というレッテルを貼られる、という・・

YF:古典的!うちの高校は、公立だったっていうのもあってだろうけど、とにかく凄く自由だったけどなあ・・(このあと、福田が、竹早高校時代の音楽教師・塩崎先生の話を延々する。snip)

KI:いいですねえ、そういう先生・・うちはとにかく「ロック」好きに対する締め付けがヒドかったです。法事で学校を休む、と届けを出しても信じてもらえなかったこともあります。でも、そういう環境でも楽器のプレイヤーはたくさんいて。

YF:締め付けがキツいほど燃え上がったりするもんだからね・・「ロック」をやる環境としては、竹早高校より桐蔭のほうが正しいのかも。うちの先輩有名人、5コ上の山下達郎さんだしなあ(註:山下達郎さんは「ロッカー」ではないという言外の意味、明確にありw)

KI:桐蔭には、「外道」の加納ヒデトさんがいますからね。

YF:すげ!加納さん、桐蔭なんだ!

KI:あと、僕の同期にデーモン小暮がいましたよ。

YF:小暮くんも!しかも同期!・・そうか、小暮くん、公太くんと同い年だもんね・・(このあと福田、公太氏と同学年の福田の弟が早大在学中、「聖飢魔U」のベースに誘われた話を延々とする。Snip)一緒に音を出したりはしなかったの?

KI:それは全く無かったですねー。当時は、小暮が音楽らしきことをやっているのは知っていましたが、向いていた方向があまりに違っていたので接点はゼロでした。 彼は、「音楽」は「パフォーマンス」のいち手段だと、この前も言ってました。卒業後、大学の時に電車で突然話しかけられたのを覚えてるんですが、その時、彼は『劇団ひまわり』にいるって言ってました。 SONYから「聖飢魔U」ってバンドがデビューするらしい、しかも、 桐蔭の卒業生がボーカルらしいよ、っていう噂が友だちからまわってきた時、 そのボーカルがあの小暮だとはまったく想像もしませんでしたよ。

YF:桐蔭学園側にとっては、小暮くんみたいな卒業生っていうのはどうなんだろうね(笑)。「誇り」なのか、「恥」なのか・・・少なくとも、桐蔭内に「悪魔礼拝堂」は出来ないだろうけど、ちょっと校長とかに聞いてみたい気もする。俺が校長だったら小暮君、卒業式の来賓に呼ぶけどなあ・・・話戻して、高校時代の「憎まれっこ」五十嵐公太の音楽活動は?

KI:一年生のときから三年生に誘われて、「外道」や「四人囃子」のコピーをやってました。バンドとしては、「ジョニー・ルイス&チャー」が大好きで。だから今回、ジョニーさんにインタビューできたのはほんとに嬉しかったです。まあ、とにかく、普通にロックバンドをやってるだけで学校では「ダメ生徒」の烙印を押されるもんですから、よけい勉強しないようになり、成績はガタ落ち。ホントに「不良」になっていきました。

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■五十嵐公太 18歳。なかなかに呪詛を溜め込んだ表情w■

YF:これまたよくある悪循環(笑)。でもそういう環境でこそ楽器の腕が上ったりもするんだよね。

つづく

2009/1/12  21:06

投稿者:爆じゅん
こういう話を聞くと、音楽の世界って案外狭い?
・・・って錯覚しそうになりますですww
弟さんが「聖飢魔U」で福田さんが「爆風」にいたら面白かったでしょうね!ww
きっとバンドとか音楽やってる子も今ほど多くはなかったからかな?w
「フィンガー5」は私も好きでした〜♪

それはそうと、コジコジさまのお名前、"良喜"さんです♪

2009/1/12  20:53

投稿者:まりまり@携帯
にゃはは(*^_^*)

公太さんと私
ライブ会場で、遭ってたりしてるのかもぉ〜www
「ジョニルチャ」のライブにも、ガンガン行ってましたからねぇ!
学年は、1つ上になりますが、同い年ですしぃ〜 フィンガー5も もちろん 通りましたねぇwww

2009/1/12  20:43

投稿者:やまもっち
貴重なお話ですねぇ(^^)続きはどれくらい先まであるのかなぁ??この後も楽しみにしてます。

個人的には・・福田さんの弟さんの話が聞きたいなぁww

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