国際関係論の新しい視座を求めて

国際関係論は1920年代のアメリカで始まりました。第一次世界大戦を引き起こした原因を論及するために。第二次世界大戦、ベトナム戦争、そして冷戦終結とアメリカの国際関係論はめまぐるしいまでの「理論」が提示されてきました。本ブログではアメリカの国際関係論を踏まえながらも、その視座は日本の国際関係論の構築であります。

 

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自己紹介

大学講師 コロンビア大学大学院同窓。 日米の大学学部、大学院をそれぞれ修了。 ◆専門 国際関係論、社会科学方法論研究、アメリカ史 ◆趣味 絵画鑑賞 遺跡探訪 クラシック音楽(ヴァイオリン)

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投稿者:錦の御旗
この腐れ切った日本を変えたいですね
投稿者:AKI
私も誤解したまま、この意味を取り違えていました。今日は誕生で、スタッフからhappy Birthdayの歌のプレゼントでした。老兵は去るのみ、と感じながら、ネットで貴重な解釈を目にして、感謝します。
投稿者:Moreyaoyaji
いくつかのブログなどを読むと、Old soldiers never die という言い回しは、MacArthurが愛唱していた米国の戦陣歌(軍歌?)の一節にあり、さらにそれは、英軍の、全く異なる意味の歌の転移(言い回しのみの)である、と言うようなことが紹介されています。
しかし、この言葉を引用した当の本人の気持ちとしては、上記のブログ氏のおっしゃることが、ほぼ妥当していると言う気がします。
つまり、「俺は、退出はするが、死なないぞ、俺が居なくなったように見えても、俺の執念は不滅だぞ」とでも言いたかったのでしょう。
この言葉の「眼目」は、そこにあり、それを皆が、程度の差はあれ感じるからこそ、この言葉も今日まで命脈を保っているのでしょう。「不滅」かどうかは、別として。
投稿者:へばなっ!! ヽ( ・∀・)ノ
素晴らしいっ!! ヽ( ・∀・)ノ



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