2007/2/6

寄り添う万年筆  雑感

 やさしさが寄り添ってくるような万年筆。それは有名ブランドの高級万年筆ではなく、決して知名度も高くない手作り万年筆の工房で作られたものです。デパート催事の最終日に仕事を終えて駆け込み、製作者の方とわずかな時間お話することができました。会場の撤去をしながらの会話でした。

 この時、決して安くない金額でしたが一本の万年筆を購入しました。製作者お勧めの一本でした。その方はすでに亡くなられましたが、今でもその人柄がふと浮かび上がってきます。たった一度の万年筆を介しての出会いですが、未だに当時の雰囲気がよみがえって来ます。

 製作された本人が、万年筆に対する思いを詳しく話してくれた時、人格からにじみ出てくるやわらかい光のようなもの。私は万年筆を通して、むしろ彼自身との出会いが持つ大切なものを身につけたいと直感的に感じました。

一本の筆記具に集約された目に見えない大切なもの。それは生きた人間の本質と密接に繋がった素朴な筆記具です。もし、その万年筆を失うようなことがあったとしても、決して失われないものを受け取ったのだと思います。

 きらびやかだったり、高級な素材を使ったり、豪華さを競うような万年筆。それは、それなりの価値があるのでしょう。しかし、万年筆はどれほど凝って、漆を塗ったり、螺鈿細工を施したり、宝飾品に等しい仕上げの高価なものであったしても、それは本来の用途とは別次元の要素です。

 何よりも、手にして書き始めたときに感じるやさしさ、しなやかさ、包み込んでくれるような感覚で滑るような書き味が、この万年筆の不思議な要素です。デザインはとてもシンプルです。単に書きやすいというだけではない、使い手へのやさしさが感じられるのです。内側に入り込みすぎるのでもなく、離れているのでもなく、心地よく寄り添ってくれるというのが、率直な感想です。

 それは恐らく、彼の人間性と繋がった万年筆なのでしょう。いつかそういうものを作れるだろうか..。その万年筆は、手にするたびに、思い起こすたびに、何事かをそっと語りかけているように思います。ものが、ものであることを越えて自分の内面に触れる。それは、作り手と使い手の繋がりの中に潜む秘密かもしれません。
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