2007/6/25

生きてつながる..  雑感

 庭に5種類のテッセンが咲き、ジャーマンアイリスがいつになく大きな花をつけ、カモミールを摘んでお茶を飲み、香りが素敵なピンクのバラのつぼみがたくさん膨らみ、プルーン、ハスカップ、レッドベリー、ブルーベリー、イエローベリー、ブラックベリー、レッドカラント、桃、クランベリーなどが花の時期を終えて実になる準備を始めています。

 リサイクル池には金魚とメダカが戯れています。昨年仲間入りした三色柳が美しく、風知草は涼しげに風にゆれています。その一角にはプルーンの木があります。プルーンには白い花や実の美しさばかりではなく、食べる楽しみもあります。ところが期待して植えたものの、ずっと実がならないまま8〜9年過ぎてしまいました。これは駄目かなとあきらめかけていたのですが、どうした訳か今年は実を付けました。ライトグリーンの小さな実がついているのです。工房脇のプルーンと種類が違いますので、どんな味がするのか楽しみです。

 このプルーンがなかなか実をつけないとあきらめかけていたころに実を付けた。それはプルーンがくれた深い知恵ではないか..。遅れていたとか、あきらめるといった感覚には、自己だけのちっぽけな価値観があるのではないか...。そこにある樹木には、人間には知りえない知恵があって、必要なときに花を咲かせ、実をつける。人間の歩みと深くつながりながら、そこで生きている存在なのではないだろうか。そのことに気づき始めると、人生が豊かな知恵と優しさに包まれていることに驚かされます。自分自身が知らないことを彼らは知ってる..。

 どこからともなくやってくる風と戯れるように木の葉が歌っている。小鳥も虫たちもやってくる。雨の日も風の日も、暑い日ざしも凍てつく寒さの中でも生きてきた。それだけではなく、共に生きている人の心とも繋がっている。多くの人たちからの励ましや助けは分かりやすいのですが、一本の樹木もまた奥深いメッセージと言葉を越えた助けをくれているのだと思います。それは成長するときばかりではなく枯れていく時もまた繋がっているのだと思います。かつて父の死と重なるように枯れたイチイの木のお話を耳にしました。これと似たような出来事がさまざまなところで起こっているのだと思います。

 樹木は沈黙の中で、人の心が開くときを待ち続け、人の心とつながりながら喜びと祝福を携えてくるのではないでしょうか。それは樹木を支える大地や岩や水や光や大気たちを伴う歓喜の歌となって行く。生きていく力と喜びと慰めの源。それはどこにでもある..ラブフルートもそのひとつなのでしょう。作ること奏でること出会うことが許される間その知恵と恩恵のひとつとして旅を続けていくのだと思います。 
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