2009/12/19

8本の柱が立ち上がる  雑感

明日の朝、車庫の跡地に造られた基礎の上にトドマツの柱が8本立ち上がり屋根の骨組みが組み立てられます。それは面白そうと思われる方々が、気ままにやってきたら豚汁や甘酒でも振舞おうかと思っています。

 隣町の長沼で光を受け、雨風雪と戯れ、時を経たトドマツの木々たちが小さな敷地に用意された土台の上に立ち上がります。狭いけれど、ちょっと背高のっぽの八角形。その真ん中に立つと、切り倒される直前のトドマツ林が浮かび上がってきそうです。

 真冬の作業なので、何から何まで厳しく辛い事が多いのですが、何かに向かって全力で動いているエネルギーがまだ見えぬ建物を浮かび上がらせて来ました。

 今回は、切り倒しから、切り込み、基礎設置作業、設計など、色んなプロセス見たり、一緒に働きながらメッセージを受け取ってきました。それが、いよいよ一気に立ち上がり骨組みが出来あがろうとしています。

 こうした流れが知りうる限りの宇宙にも、個々人の人生にも起こっているのだと思います。与えられた時間の大半は、その極々断片に触れるだけで流れ去ることが多いのかもしれません。じっくりととどまってゆっくりと思いめぐらすことの大切さを感じます。

 多くを得たようで、実は何も本質には触れられず、批判的な意識だけが発達する。そうなれば、貧困な意識で物事をあれこれ選別しながら肝心な自分を失ってしまうような気がします。即物的な反応に終始して流される情報社会の姿が、おのずと個々人の意識にも浸透しているようにも思えます。

 じっくりと眺めたいと思う絵画も、群がる人の波に押され、気が付けば会場の出口が目の前にある。確かに、見て、感じてきたのだろうけれど...。そんな風に人生そのものも流れてしまうかもしれません。次々と生まれる新商品を追いかけ、これこそ新しい、珍しいという物事を追いかける..。それは果てしない作業の反復のようです。

 猫ジャラシで戯れて終わるのか空腹を堪えて獲物をとらえ、獲物を食べて命を繋ぐのか。生きているという点では同じですが、明らかな違いを感じます。それを捕えなければ生きられない、どうしても必要なもの。矢を射るように獲物を見つめ、全力で立ち向かう。慎重さと冷静さを伴って...。

 自分たちの中に潜んでいる、そうした力に触れる空間。笛を吹く、そのためのスペース。そこから生まれる出会いと語らいの場。数を集めるための場ではなく心の種をじっくり育む。そんな場がほしいという思いが自分の中に湧きあがり、さまざまな助けを受けながら、それが現実になり始めています。

 完成後には決して見ることのできない、森の木々たちが作り上げる空間に来られそうな方は、どうぞお出かけください。(2009.12.20午前8時から〜)
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