2010/2/1

黒猫  雑感

2月になったのを機会にデザイン変更。黒猫と全体の色調がなんとなく気に入りました。黒猫といえば、自宅の周辺を散歩道にしている黒猫がいます。この黒猫は、記憶している限りでも5代目になります。

 このあたりのことなら何でも聞いておくれといった風で、不思議なコミュニケーションが続いています。玄関前に正座して、じっとこちらの様子を窺っている姿は、どこか異次元からの使者のようでもあります。

 幼い時から、動物と呼んでいる存在がずっと気になっていました。彼らが存在していることが不思議でならないのです。広く言えば、動物というより生命体全体...もっと言ってしまえば、この世界が不思議でたまらないのです。

 分かるはずもないけれど、そういうことを思い巡らして居ると退屈することはありません。亡き父は、そういうことを時折考えているお前が変だと結論付けていました。自分にしてみれば、不思議だと思わない方が変だというわけで、今年もおんなじ壁にぶつかりそうです。

 人間は、自分たち中心にこの世界を見て、自分中心に価値観を作り上げて権力や経済と結び付けています。人間たちが熱心に先住民問題を論じている時、猫たちは聞いているのやら、無視しているのやらわかりませんが、仮に動物たちが提言すれば、混乱は必至です。

 これは自分の物だという主張が、争いを起こしますが、兄弟げんかなども、ほとんどこの類のことだったような気がします。生き延びるために自分のものを主張する。生き延びるために分かち合うべきだと主張する。どちらも、固有の権利を主張します。

 人間は言葉巧みに、知恵や知識を持ちだして戦いますが、猫はもっと手っ取り早くて激しい戦いをして凄いことになって、やがて縄張りが決まります。真夜中の猫たちの叫び声は、妖怪たちの戦争もどきです。

 自分は直接戦争に参加したことはないけれど、戦争をした民族の一員です。もし争いという状況が起これば、何らかの形で関わりあうでしょうし、どこかで生きていくのでしょう。どれほど理不尽であっても、力を行使することで、その行動が正当化される世界が当然のように姿を現すでしょう。

 否応なく争いが生じ、ついには追い出されることもあれば死に至ることもある。そういう世界をくぐり抜けて来た、あの黒猫は私に何かを告げようとしているのかもしれない...。今朝も、新雪の上に、あいつの足跡がありました...。
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