2010/2/10

時の使者  雑感

 やっぱり人は死ぬんだ...。世界中のどこを探しても、死んでしまった人には会えない..。そして自分にもその時が来る..。ここで、死後の世界が云々といった言葉をすぐに持ち出すのは無意味かと思います。

 昨日、親類の中で一番心おきなく会話ができた伯父が亡くなったとの知らせを受けました。そこで改めて日常の中に起こる死の現実を見つめることになりました。

 軽妙な会話のやり取りが楽しかった..。かつて衰弱死直前状態に陥った私のところに見舞いに来た伯父は、事あるごとにその時の生々しい状況を口にしていました。「あの時は、ほんとうに酷いものだった..」と。そんな伯父に、ここまで元気になって生き延びている姿をしっかりと見届けてほしかった..。

 幼い時から孤独な状況で育ち、教育を受けることもできず、文字もかけず、読むことも苦手でした。とにかく真面目に体を張って働き続け、65歳を過ぎて文字を習い、資格を取った時は驚きました。アルツハイマーの叔母を10数年忍耐強く看病し続け、その叔母に先立たれ、小さな施設に移り住み、健康のために体を使って周囲の役に立とうとしていました。

 自分の生活状況が落ち着いたら、伯父を誘って昔話を聞きながらゆっくり過ごしたい思ってきました。早くいい嫁さんでも見つけろといわれながらも同年代には孫がいるくらいの年齢になり、伯父もいつしか何にも言わなくなっていました。

 何も言わなくなったということは、どうやら、そろそろ自分にも死ぬ順番が来るぞということかもしれません。確かに確率は高くなっていますから..。伯父のことを思い出し、二度と会えない悲しみや切なさがこみ上げてくる自分がいます。それと同時に、いつ死ぬか分からないのだから自分のやるべきことをしっかりやろうという気持ちもわいてきます。

 いつか死んじゃう..とか、死んでしまった..と思い返すよりも、命を支えられて何事かをなすことができることの凄さの中を進んでいこう。ある種の開き直りのようでもあるけれど、死者からのメッセージをどう受け取るか..大きな分かれ道がありそうです。

 ハヤブサが庭に飛んできたその春から一年後に母が亡くなりました。そしてその兄である伯父がハヤブサを見た数日後に亡くなりました。今度ハヤブサが来る時は、自分が死を迎える時の印になるのかもしれない...。
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