2010/10/15

寄り道砂時計  雑感

 つい最近レッスン帰りに立ち寄った書店で、作業用に良い感じの手ぬぐいを探して、さんま柄とイチョウ柄の二枚を買い求めました。以前なら、何も考えずに興味のあるジャンルの本棚に向かうのですが、今回は手ぬぐいとシンプルな砂時計を求めて戻りました。

 久々の書店立ち寄り。レッスンやライブがなければ、ほとんど工房から離れることのない生活ですから、貴重な時間でした。ですが、買い求めたのは書籍ではなく砂時計でした。店頭で砂が落ちるのを眺めているうちに、心の中から色んな思いが浮かび上がってくるのを楽しんでいました。

 15分ゆっくりさらさらと流れる砂を見ていると、時間という言葉や概念じゃない時間を感じるのです。視点によって、それを早いと感じたり、ゆっくりだなと感じる。自分はこの状態をどう受け取るのだろうか...。

 紅茶用の3分計や5分計はあるのですが、15分という長さがなんとも丁度いい。何のためにちょうどいいのか具体的に浮かぶわけではないけれど、短すぎず長すぎず.....。紅茶のための砂時計ではなく、紅茶を飲んで、ちょっとゆったりする時にあったらいいな。そういう砂時計が、自分の心の内側を眺めるにも、誰かのことを思い返したり、心を寄せるにも、なかなか良さそう。

 KOCOMATSUでちょっと一息、ラブフルートを吹いてみるのにも、ステンドに映し出される光を眺めて過ごすのにも....静かで、自分のその時の状態を映し出してくれそうなのです。

 あまりに早く砂が落ちてしまうので、ついひっくりかえしてしまうのですが、そうなるともう30分が過ぎ去っているのです。細かい砂粒が落ちているのを眺めていると、人生に与えられているあれこれが、ひとつひとつ、とっても新鮮で大切なんだよな〜と、改めて思ったりするのです。

 砂時計を巡って、何篇もの短編小説が生まれそうだけど、そうした言葉や物語も、すーっと砂に埋もれていくだろう。儚さと尊さと美しさがあって、落ち切った時、ちょっと間をおいてひっくり返す。うっかりしてやり過ごした時間もみんなひとつになって、次のタイミングで逆さまにしてみると、新しい流れが始まる。

 砂時計って、こんなに色んなことをささやいていたんだな〜。今回は、寄り道して出会った砂時計のことを書いてみました。
7



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ