2011/4/2

この先に待っている道  ラブフルート

  この4月9日に予定している、チェルノブイリと福島原発 in KOCOMATSU。地味ではあるけれど、大切な時間になるのだと思います。集まりの中心にはチェルノブイリの子供たちのために尽力して来られた野呂さんに来ていただきます。(野呂さんのブログ
http://www.shoujin.com/wp/)
 放射能の事故を起こしたチェルノブイリを直接訪ね、子供たちを短期間とはいえ北海道にホームステイしてもらって少しでも放射能の影響から回復できるようにと活動してきた彼女は、今回のKOCOMATSUでの集まりの前に、既に福島県に出向いていました。

 彼女の精力的な活動と行動力には何度となく敬意を払ってきました。いつもはライブや展示会の事で協力を頂いてきましたが、今回はより具体的、現実的なことで対話させていただくことになりました。

 今回の集まりは、お米一合を持ち寄っていただく活動と合わせて地道に継続していきたいと思っています。また、つい先日の声とドラムのワークショップで、再確認させられた事があります。一人一人が、自分自身の鼓動を感じ取りながら、深い呼吸の中で全身の響きを感じる。これは命あるものの根源的な要素の確認という形で長くお伝えしてきた事でした。

 状況やメンバーによって柔軟にスタイルを変えてはいますが、基本的な事は変わりません。それは、絶えず響き続ける鼓動そのものが自分自身の原点である事を、全身で確かめ、感じ取ること。呼吸が生み出す全身の響きを感じること。知識や情報や諸々の価値観でいっぱいになった頭を命の根源に直結するエネルギーの循環と言い換えることも出来るでしょう。心と頭と肉体のバランスを取るとも言えると思います。

 あらゆる隔たりを越えて一人一人が一体化する時間、空間の共有。その必要が明確になるなら、動く。素早く、しかし焦らず、知恵深く、静かに、着実に。そんな思いがあります。インディアンたちが、何故サークルをつくり、ハンドドラムを叩きながら声を上げるのか。それを素朴に受け取って輪に加わってみると、大地や空の語りかけを感じ始めます。

 いま、新たなドラムを加えて、静かに準備を始めています。この地にとどまるにしろ、旅に出向くにしろ、必要な時に動けるように...。津波にも耐えて生き延びた木々の生命力を改めて知らされました。もし木々の響きを感じ、命を感じる繋がりが必要ならば、動き出せるように...と思っています。

 今回の震災の全体を見つめる時、ふと根源的な祈りの姿が希薄ではないかと感じました。個々の宗教的な領域での祈りはあると思うのですが、宗教的領域を越えた、形式ではない、人としての素朴な叫びや祈りは乏しいような気がします。

 祈りは命の証、命の要と思いますが、それが良く分からないかもしれません。そんな時、インディアンたちの、素朴なドラムの輪の中にしばらくとどまっていると、魂を祈りへと繋いでくれるかもしれません。思考の優越意識が退けられ、心の本質が動き出すまでには、何度も輪に加わる機会を持つことが必要かもしれませんが、そのきっかけは出来るように思います。

 この大地も空も、一過的で限られた権力が云々し、決めつけてはならない、大切なものであることを知る機会。そういう真摯に謙虚な姿が望ましく思います。現実的な対応策の重要性は否定できませんが、より広い視点から、起こった事を受け止め、国民を導く役割を誰が果たすのでしょう。為政者に依存するだけではなく、自分たちの命は、この大地と空と共に支えられている事をはっきり知る大切さを感じます。

 全てをなげうって、大地にひれ伏し、天に向かって魂を注ぎ出す。そこからのスタートではないだろうか。知的であることも、分析的である事も、客観的であることも、感情を揺さぶられる事も、具体的な必要のために動くことも、それぞれに必要ではあるけれど...。

 個人的には、言葉を羅列し、何事かを語る以前に、そこに起こっている事が何なのか、誰からの言葉でもなく、魂に届けられるそれぞれのメッセージを聴きとりたいと思っています。

 一瞬にして、ありとあらゆるものが失われる。その光景を目にした自分たちは、命あるものにとって、何が本当に大切なのかを問われているように思います。
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