2006/2/16

心を合わせる  ラブフルート

 心を合わせること。それはどういうことなのでしょう。言葉では散々使われているのですが、果たして自分はそれを知っているのだろうか..

 あると思っている。でもそれが本当にあるのか。それを確かめたことがあるのか。こういう思いをさえぎらずに進めて見ること。

 フルートを吹いているときに起こっている内面の状態を表現してみると、こういう思いが浮かび上がっているような気がします。

 それは、あえて開けようとはしないまま過ごしてきた心の扉に触れるような感覚かも知れません。そこには恐れと希望が交錯します。

 ラブフルートの音色には、こうした見えない感覚に気づかせる不思議な響きがあるように思います。

 リズムを合わせ、音程を合わせて、用意されている音の組合せを作り上げる。それは楽譜に忠実であることで、それなりの完成度を示すことが出来るでしょう。

 それはあたかも、人生に関わる手引書を読んでいるような感覚があります。そこから、合っている、間違っている、そうじゃない、こうじゃないといった批判的意識が次々と湧きあがってきます。

 手引書があったとしても、その解釈をめぐって、個々人の違いが明確になってくるからです。或いは自分が持つ人生へのこだわりや価値観が前提になって事物を見る、判別するという流れが生まれて来ます。

  こうなると心を合わせるなどということは、夢のまた夢になってしまうような気がします。合わせるための手引きが、むしろ不一致を引き出すという皮肉な現象が生まれてくるのです。

  こうして自分の生き方や周囲との繋がりを見ていきますと、実に心が合わさるという単純なことが遠くに行ってしまっているかもしれない..と思います。

 そもそも自分自身が持っている心を見詰めることなくして、他の人との繋がり方を云々することは出来そうもない..まず自分自身と向き合う生き方をきっぱりと始めること..それをラブフルートは教えてくれているように思います。

 ラブフルートが心の在処を教えてくれたような気がする..という私の感覚は「愛の笛」という絵本に記されているフルートとの出会いの物語と繋がっているのかもしれません。

 今年はさらにじっくりと「愛の笛」の物語を読み返しながら、これまで気づかずに来たであろう心の秘密を受け止める旅をしてみたいと思っています。

 今回は少し、趣の違った表現をしてみました..
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