2011/12/16

この道を歩く  ラブフルート

 ラブフルートガイドの準備を始めました。以前お渡ししていたガイドもありましたが、ほぼ一年前からフルートと簡単な文面だけを添えてお渡ししてきました。

 それなりに有用なガイドではあったと思うのですが、どこか違和感がありました。それはいわゆる教則本のようなスタイルに近いと感じていたからかもしれません。

 しかし、何もないのは不親切。さてどうしようかと思いつく事をメモしながら時間が経過していました。

 何もない空間に自分の呼吸と木々が触れ合う響きが生まれる。そこに起こっている事はいわゆる楽譜にしたり、教本のようなスタイルでは伝わりません。

 むしろ、教則本のようなアプローチはラブフルートに似合わないと感じています。勿論基本的なガイドはある程度必要ではあるのですが、それはむしろ補足的な要素かと思います。

 音楽という概念からすれば、楽譜があり、何かしらの知っている楽曲を演奏できるようになる事を求める事になるのでしょう。

 どんな曲がどの位上手に演奏できるか。それが目的になると、できる事で評価する価値観と繋がるでしょう。それはラブフルートが持っている大切な要素を見失わせるかも知れません。

 ラブフルートを単なる民族楽器のアイテムとして、自分のやりたい事、できる事を生み出す道具にする。そういう流れは始まってはいます。珍しさ好奇心で広がる笛としての流れはゆっくり広がっています。

  その流れを云々することは僕がする事ではなく、自分がこの笛と出会いなぜこの道を辿っているかを鮮明にする事が大切だと感じています。自分がアイテムを手にするというスタンスではなく、その出会いで自分自身が変わって行く。

 それはラブフルートと出来るだけ一緒に過ごす事。それを素朴に素直に実践する事です。人の心は様々な変遷を経ていますから、思っているよりもずっと奥深いところに自分が潜んでいるものです。

 その自分自身が笛との触れ合いの中で浮かび上がり、恐れも戸惑いもなく自由に生き始めるまでには、予想以上に時間が必要かも知れません。逆に表現すれば、随分と作られた自分が生きているとも言えるでしょう。演じても、模倣しても、論理や体験や知識で取り囲んでも、それは心の実質とは異なる姿かも知れません。

  ラブフルートとの出会いを通して、自分と出会う道に招かれている方々との旅。その為に最低限の要素を組込んだガイドをいつかお手元に届けたいと願っています。しばしお待ちください。
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