2012/7/20

仮設集会所が笑に包まれる  雑感

  仙台宮城野南町の仮設住宅の集会場で過ごした時間は独特の空気が漂っていました。集会場に宿泊させていただけたので、比較的じっくりと交流することができました。地域のコミュニティーに溶け込むのは簡単ではないのですが、二つの状況が助けになりました。

 ひとつは父の実家が宮城県にあったこと、もうひとつは音楽でした。笛やドラムが明らかにみなさんの心を開かせる大切な役割を果たしてくれました。

  自治会長さんに吹いていただいた陸前高田の松の笛は大人気で、何度も爆笑が起こりました。うまく音が出ないけれど、投げ出さずに吹き続けてくださり、仲間と笑い声をあげながらマイクに向かって下さいました。ドラムの2人組もなかなかユニークで、これまたいい感じでした。チャイムを鳴らしてくださった「みんなの家」の館長さんも、優しい人柄がにじみ出ていました。柔らかく優しい響きと優しく叩かれたドラムの響きの中に陸前高田の松の音色が重なる素敵な時間になりました。

  しっかりとラブフルートの音色に包まれる時間から、皆さんが加わる演奏時間、最後は皆さんでドラムを叩き、声を出し、身体を揺らし、誰もが笑顔いっぱいになりました。「こんなに声を出して笑ったのは、随分久しぶりだ」とご高齢のご婦人が声をかけて下さいました。

 あまり人は集まらないと思うと話しておられた自治会長さんは、思いがけない人がいっぱい来てくれて良かったと笑顔で挨拶して下さいました。

  演奏準備の合間には、厳しく悲しく悲惨なお話も伺いました。時間を経て、少しづつ当時のことを話せるようになって来たと話しておられました。演奏後の交流の時間には、これから先の歩みについての会話もありました。

  そんな中で、自治会長さんの奥様が「私たちの家の中に、太くて大きな松の木が何本も突き刺さり、家を壊してしまった。とても人の力で動かせないような松の木が何本も横たわっていたんだよ」と話し始めました。強烈な体験が言葉を何度も繰り返させていました。

 「でも、今日陸前高田の松の音を聞いていたら、あまりに音色が美しくて驚いた。あんなに美しい音が出るのなら、突き刺さった松の一部を残しておけば良かった!」と何度も話しておられました。

  長く重くご婦人の心を占めていた松の木の悪夢が、倒された陸前高田の松の響きで癒され、希望や夢を語る心へとつないでくれたのです。また来て欲しいといいながら握手した手には強い思いが込められていました。

  仮設住宅、言い換えれば心血を注いで建てた家屋や家財や人命をすべて失った人たちの仮の住宅です。風呂は身体を洗いたくても手足がぶつかるくらい狭く、冬の厳しさを凌ぐには不十分な構造だと話しておられました。立派な家に住んでいた熟年の方々には、かなり過酷な環境の変化で体調を壊す方も多いと話しておられました。
  
  前回訪ねた福島県相馬市の仮設住宅の集会場は津波で家屋を失っただけではなく、放射能汚染の真っ只中に生活している緊迫感がありました。
ですが、福島ほどの線量ではないけれど仙台も放射線の心配がない訳ではありません。実際、体調を崩して仙台を離れる方もおられます。

  漁師は海があるから船を出せるけど、農家は塩害と放射能汚染で手が付けられない。これから先どうしたら良いものかわからない。そんな声を聞いて来ました。

  根本的な立ち上がりには長い時間がかかるのだと思います。そんな中、時折弱ったり、行き詰ったり、苦しくなった時、僕のようなものでも顔を出して、少しは笑顔になれるようなら、また出かけて見たいと思っています。
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