2012/8/4

目に見えないものを口に入れる  雑感

   今週始め、 KOCOMATSUに相馬保育園の元園長さんが来られました。3月に相馬保育園に訪問したときには園長さんでしたが、この7月いっぱいで退職されました。

  震災後ひたむきに子供達のいのちを守る為に専心しておられた時に交流をさせていただき、その後の一連の流れが生まれました。子供達の為に放射能との戦いを先導して来られたのですが、家を流されたままご自分の事に手を付けられなかったのでした。言葉にならないご苦労をされた事と思います。

   今回はご家族を伴って北海道でしばし静養するために来られたのでした。江別在住の親類のところを訪ねた後、長沼のロッジでご家族で過ごされるとの事でした。

   新鮮な空気と美味しい食べ物で元気を回復して欲しいものです。それと同時に、福島に住み続けておられる方々の事が気になります。食べ物も飲み物も、安全なものが必要であり、とりわけ子供達の内部被曝に神経をすり減らしている母親たちの存在が気になります。

   いまは山形に避難しておられる方々からの要望で安全で新鮮な牛乳を届けるためにお手伝いさせていただいています。また、地元の野菜などを希望しておられるので、運送会社と交渉したり、入手先を調べたり、あちこちに打診しているところです。

   震災後KOCOMATSUで始まった流れは、少しづつ変化しながら状況に合わせて継続されますが、状況は厳しいものがあります。

   何とか危険から身を守ろうとする流れと、放射能の危険に麻痺したかのようにマスクをする事もなく生活する流れがあります。実際の生活で、季節に関係なく窓を閉め、食事の度に飲み物食べ物の安全性を確かめるのは、相当に強い意志と行動力が必要になります。また、安全を確保するための知恵や繋がりが必要になります。

  自分だけが安全を確保しようとすることより、周囲の流れに合わせることが必要だという風潮が潜んでいます。実際現地に赴いたとき、自分だけがマスクをしていることが気になりました。していない方に申し訳ないという感覚が生まれるのです。

  これは飲食物に関しても同じです。普通に出てくるご飯や味噌汁や魚や肉。目の前にあって、作ってくださる方がいる中で、その安全性を確かめるのは容易なことではありません。まして、その場で線量を測れるような仕組みがあればまだしも、毎日の生活の中でどう向き合うかは厳しいものがあると思います。また、一度手を付けてしまうと、仕方が無いという感情が生まれます。

  園長先生のご家族は、しばし北海道で過ごした後、福島の生活に戻られます。そして子供達のことも含めてできるだけのことを続けたいと願っています。こちらにおられる間に、何か具体的な次のステップが見えてくることを願っています。

  少し前に、今できる事というスタンスで避難先の山形県米沢市に3箱の新鮮な野菜を10種類ほど発送しました。小さなことからコツコツ、それが少しでも現地の方々の元気につながればと思っています。
3



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ