2006/4/14

さえずるヒヨドリ  ラブフルート

 工房の窓から手が届きそうなところにバードテーブルがあるのですが、もっぱら見慣れたヒヨドリがリンゴを食べにきています。どうやら春を先取りして、パートナーを求める「さえずり」が始まったようです。一体どんなかわいい小鳥がやってきたのだろう..と思って周囲を見渡すと、とっておきの声でさえずるヒヨドリの声でした!

 普段はピーピーがキーキーに聞こえるような鋭くて耳に刺さりそうな声で鳴いているのに..どうなっているのだろう..耳を疑うような美声で堂々とさえずっています。実に面白い現象です。この時期に限ってのとっておきの歌なのですから...。ということは彼らヒヨドリたちにも美の感覚があるということなのでしょうか?いい声とそうでもない声を歌い分ける、聞き分けるということでしょうか?

 考えてみると、鳥たちは声だけではなく、羽の美しさも見せるし踊りをするものも少なくありません。
美しさとは不思議なものです。いいな〜、かっこいい!素敵だ..という感覚は、どこから来るのでしょう。こうなると、必然的に鳥たちに限らず、生命体全体に共通した何かがあるとしか思えません。

 さえずり、歌声、言葉、着飾る、香り、所有物、化粧の類。履歴、実績、功績..どんどん広がって収拾がつかなくなりそうです。どうやら、生命体はなんとかして自分を魅力的な存在として意識してもらうためにエネルギーを注いでいるように思えます。それは同時に、自分に向けられる反応を気にして生きているとも言えそうです。

 全身を震わせて、力いっぱいさえずっているヒヨドリを見ながら、自分はあの小鳥ほど素朴で純真なさえずりをしたことがあるだろうかと自問が起こります。一緒に生きるためのパートナーを求めてさえずる。ヒヨドリの姿は、あたかも天に向かって願い求めているようにも見えてきます。

 導かれるままに、天に向かって矢を放ちながら捜し求めた若者が手にした愛の笛。その物語を思い起こしていると、あのヒヨドリの若者は備えられていた愛の笛を取り出して吹いているような気がしてきます。果たして結末はどうなのか。パートナーが無事見つかって、末永く仲良くできるのだろうか..何となく気になってしまいます。

 このヒヨドリの様子を見ていると、なんとも几帳面で、思わず偉いな〜と思うことがあります。餌台の上にはリンゴの切れ端が、いくつか乗っているのですが、一度口をつけたリンゴを最後まで見事に食べ尽くすのです。食べやすいところに、まだ他のリンゴがあるのに、食べにくくなった切れ端を隅々まで突付いて食べ尽くすのです。皮だけ、まーるくのこして、すっかり食べ終わってから、次のリンゴに向かうのです。

 このヒヨドリだけの性格なのか、ヒヨドリ全体の性質なのかわかりません。もし、この様子を見つけたヒヨドリ娘がいたとしたら、その姿に感動してそばに寄り添うのかもしれません。だとすれば、美しい声を持つ丁寧で忍耐強く、まじめな青年は、ふさわしい住処を見つけることができることでしょう。

 この春、愛する娘のために奏でる笛を見出す若者はいるのだろうか...それもまた気になるところではあります。とっておきのさえずりを心から注ぎだす若者が現れるといいですね..工房にはそれなりに用意された笛があるのですが..残念ながら、まだまだ手に取る男性はなかなか現れません..。
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2006/4/17  8:51

投稿者:ravensho

カケスは結構いろんな鳴きまねできるんですよ〜あの独特の飛び方が印象的ですよね。
今朝もヒヨドリちゃんはまた違った声でアプローチしてました!

2006/4/16  18:19

投稿者:棟方です

みやまかけすを見たときはあの瑠璃色の羽にドキッとしました。
カラダひとつだけで美しい、伴奏がなくても声ひとつで音楽を奏でられる鳥にほれぼれします。

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