2006/4/26

いちい(おんこ)ラブフルート  ラブフルート

いちい(オンコ)のマイフルートとの付き合いが始まってまだ日が浅いのですが、色んなことを考えさせられています。いちいのマイフルートを作ろうという動きになるまでに8年半かかりました。死の象徴の木ということを何かの書物で読んだこともあり、尚更こだわりがあったのも確かです。ということは死の覚悟ができた、もしくは死期が近いことを予感してのことかもしれません。

 ラブフルートの製作が仕事なのですから、いつでも作れそうなものですが、むしろ逆でした。心の中には様々な動きが起こってきますので、落ち着いて取り組むまでに必要な内面的なプロセスがあるのだと思います。

 このラブフルートの伝承のひとつにシャーマンは、その人に必要な心のプロセスを辿るまで笛を与えたり、吹いたりすることを許さなかったと伝えられています。この話を聞いたときには、随分大げさなこだわりの世界だと感じたものでした。しかし、今になってみますと、私がマイフルートを手にすることを認められるまでにほぼ9年近くかかったことになります。

 さて、ここまで待って手にしたラブフルートなのですが、これまでにお渡ししたイチイ(おんこ)の音色や感触とまったく違った響きのものが出来上がりました。それは、どう吹いたらよいかわからなくなってしまうような笛でした。

 小さな扉を開けたら、目の前には広大な、あまりにも広くすべてを包み込むような世界が現れた。そんな感覚にさせられたのです。自分が何をしても、何もいわない、黙って受け入れる。何かしようとする動きが起こると、それが未成熟な自己主張に感じられるのです。抵抗感がなく、すーっと吸い込まれ包み込まれるようなやわらかく暖かい感覚になるのです。

 はてさて、私はこの笛から何を聞き取り、学ぶことになるのだろう。これまでのスタンスでは何もできないのです。

 この笛は何かを学びえたから、手渡された笛ではなく、これから必要な人生の歩み方を時に応じて伝えてくれる笛なのだろうと感じています。この笛に息を吹き込んだ最初の感覚。そしてこの笛にどのように息を吹き込んでいけばよいのか地道にたどろうとする心の姿勢が本物になるまで、手渡されずに来たのだろうと感じています。

 静かにこの笛が手渡された意味を考えると、なるほどそれは死を象徴するイチイ(オンコ)の木である必然性があったのだとうなずかざるを得ないように思います。この笛は今まで手にしたどの笛よりも自分の近くにあって息を吹き込む笛になっているように思います。

 それぞれの方にお渡ししたラブフルートが、いつしか思いがけずそれぞれの心にささやきかけるときが来るのだろうと思います。いつか、それぞれの心の旅路のお話を耳にするときを楽しみにつつ、笛つくりを続けて生きたいと思っています。
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2006/4/27  19:58

投稿者:棟方です

死を象徴するのですか。
そういえば誕生を祝う歌をあまり意識したことはありません。
葬送や死んだ人への音楽を思い浮かべることはあるのですが。実は、死は良いものだと思っています。


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