2006/5/9

ハナミズキが動いた...  雑感

 こうしてブログの原稿を書いている部屋の窓から見えていたハナミズキがいなくなりました。勿論自分の足でノコノコ散歩に出かけたわけではありません。長沼のカントリーバーンさんの所に嫁入りしたのです。このハナミズキの枝には、随分といろんな鳥たちが留まって可愛らしい姿を見せてくれてました。

 ワープロやパソコンで書き物をしている時に、ふと窓辺にやってくる小鳥たちの姿は随分と安らぎや元気をくれました。手を伸ばせば届くところにやってきたのです。ハナミズキは四季の移ろいを歌う詩人のようでした。ハナミズキの美しい葉を眺めるのが好きでした。

 このハナミズキは、あまりにも建物に近すぎて屋根の雪をまともに受けてしまうため、随分と傷ついており、このままではかわいそうだと思いつつ年を越してきました。今回、思い切って石狩平野を見渡せる丘の上のカントリーバーンさんにお話して、迎え入れてもらうことにしました。

 さて、いざ掘り起こしはじめると、なかなか手強く数日がかりでようやく動かせる状態になりました。4人かかりで、なんとか軽トラックに運び込んで見送りました。果たしてちゃんと根付いてくれるだろうか、様子が見えてくるまで気がかりな日が続きそうです。

 およそ20年かかって、しっかりと自分の足場を作り上げてきたハナミズキの移動から、随分色んなことを感じました。切り倒すのは実に簡単な事なのですが、何故いのちあるハナミズキを切り倒さなければならないのか。このままだと建物に雪と氷の負担がかかってしまうし、ハナミズキも痛みがひどくなる...。大きく育ってしまった樹木は、簡単に移動することは難しい..。堂々巡りしながら解決策がない..そんな時、幸いにも引き取ってくださる方がいて、切り倒さずに済みました。とはいえ、途中の作業はなかなか厳しく、思わず切り倒したほうが楽だ..と思うこともありました。その辛さを乗り越えたのは、ハナミズキのいのちを可能な限り生かしてあげたいという思いであり、願いだったと思います。

 大切なもののために全力を注ぐ。この素朴な時間が教えてくれたことをうれしく思いました。樹木は自分の力で移動することは出来ません。ハナミズキの移動作業をしながら、北大の倒木ポプラを2本立ち上げた方々のひたむきな作業を思い起こしました。人の心と願いが倒されたポプラを再起させたその姿を見ると、喜びと感謝が湧き上がります。一緒に生きている..と強く感じます。

 いつかこのハナミズキも、そんなシンボルとして丘に根を張り、美しい姿を見せてくれるかどうか気掛かりであり、楽しみでもあります。

 今回は最後に4人が力を合わせて掘り起こしましたが、動けないのは何も木ばかりじゃないな〜と感じました。置かれた環境、状況の中でひたむきに生きようとしてきた人の心も、ハナミズキの根ように広がってきたのではないだろうか。気がついて動かそうとしてみたところで、もう自分だけの力では身動きが取れない。年月が生み出す素晴らしさもあるけれど、ちょっとやそっとじゃびくともしない根深い傷や苦悩もあると思うのです。

 このままでは自分も関わっている存在にも負担をかけ、取り返しがつかないことになる..でも、動けない..。肉体的にどれほど移動できても、自分自身の心を動かすことができない。まるで一本の木のように..そう感じることがあるかもしれません。

 その只中で、思わぬ出来事がやってきて、根元をグイグイ揺さぶられるのです。これは大変なことになったとばかりに恐れたり、焦ったり、逃げ出そうとします。でも、自分では動けないのです。
これは必ずしも悪いことではないのだと思います。自分が...自分で..と考え続けてきたからこそ動けなかったのかもしれません。

 そんな中に思わぬ出会いが待ち受けていて、意外な状況が起こって、自分は何もしなかったのに
よいしょ!よいしょ!と担ぎ上げ、運んでくれる。気がついたら、自分の心が求めていた場所に移動していた..という。そういうことがあって、人生は次に用意された道へと向かっている..おそらく、今日移動させられたハナミズキは、いつかそういう物語を自分のそばにやってきた小鳥や動物や虫や人間に聞かせてくれるような気がしています。

 そして、汗だくになってようやくハナミズキを運んだ〜とにかく大変だったと言ってる自分に「私がおまえの心を運んだんじゃなかったかい..」とささやくハナミズキの声が風の中から聞こえて来そうです。
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