2006/5/13

ハナミズキ後日談  雑感

 一本のハナミズキが動いた。その後日談です。翌日には植えなければならないだろうから、連絡がきたら手を貸しに行かなくてはと、いつでも動けるように準備していたその日の夕方、カントリーバーンさんから連絡が入りました。職人ケンGさんにも手伝ってもらって無事植えられましたと..。
 
 あの桂の埋もれ木談義を書き込んでくれたケンGさんが助っ人に行ってくれていたのです。嬉しかったです!やさしいカントリーバーンのご夫妻に、これまた暖かいケンGさんが加わってハナミズキは新しい住処を与えられたのです。これはとても嬉しく、感謝なことでした。本当に良かった..考えてみたら、一本の樹のことを、こんなに気にとめながらすごしたことはありませんでした。彼らに命があることを、ここまで率直に感じたこともなかったように思います。樹を大切にする気持ちがなかったのではありません。tがだ、それが一人の人のように感じて関わる。そういう感覚は初めてでした。とても幸せな気持ちです。

 そして、そのハナミズキのために大切な時間を費やして、懸命に移植してくれる人たちがいること。その暖かい繋がりの中で生かされていると思うと、嬉しさの混じった涙が溢れてきました。

 自分の知らないところで、新たな人々がハナミズキのために動いてくれたのです。動いたハナミズキは、担がれて植えられるのを受け止めることしかできません。彼を動かしたのは、彼とともに生きている人々の心でした。

 心に思いが満ちて、ハナミズキは根を掘り起こされました。それを受け入れてくれる人との出会いがありました。さらに、その動きを助けてくれる人がいました。みんなが動いたのでした。

 昨日、工房脇に放置されていた20年以上前のドラム缶を、なんとか工房のシンボルオブジェか看板か郵便受けにならないかということで「のら工房」のA・Uさんに連絡をし、早々ドラム缶を前にして空想を語り合っていました。その会話の中で、ハナミズキのことが話題に上りました。

 その中で、カントリーバーンさんとこの奥さん大丈夫でしたか?と尋ねられました。なんと奥様は入院しておられ、退院して間もなかったというのです。そういえば少し動きが静かな感じだったけど.. 

 人力限界でようやく動いたハナミズキ。そこには奥様の手も添えられていたのです。きっとためらいながらの手助けだったと..今になって知りました。そして、確かにその手が添えられて初めてハナミズキは動けたのです。

 さらに、もう一人の手が添えられていたことも分かりました。ケンGさんの工房でこの4月から働き始めた「のら工房」A・Uさんのお兄さんも植え込み作業に加わっていたというのです。ハナミズキは私の知らない所で、手を添えてださった方々に助けられて新しい場所を与えられました。人の心を動かし、喜びと感謝と希望、新しい楽しみを伴って丘に立ちました。

 そのハナミズキは、今年は是非シウリザクラの花の咲く頃に、集まってラブフルートを吹きましょうと楽しみにしている同じ丘の反対側立って広大な石狩平野を見下ろしながら成長してくれることと思います。

 窓脇のハナミズキをバードテーブルに向かう格好の留まり場所にしていた野鳥たちは、しばらく戸惑い気味でしたが、ポイントを芽吹き始めたプルーンの樹に切り替えはじめました。

 それぞれに、人生で失ったもの、与えられたものを思い起こしながら、新たな旅を始めたいですね。
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