いろは 伊呂波 IROHA

和漢洋朗詠集   波江究一 字數歌之頁 Trilingual Recitation of Nipponese,Chinese and English
開設 太陰太陽暦平成甲申六月四日 グレゴリオ暦2004/7/20
寸言  人類言語中に於ける日本語の位置付けを確認する頁。
This blog was established in order to check positioning of Japanese under human-beings language.

 

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投稿者:波江究一
書き込み有難く。確かに昭和といふ時代の限界を超え得なかつたかといふ感はあります。しかしそれにしても、言葉そのものの正書法について彼らなりの見識残し伝へ得なかつたことは、谷崎とともに惜しまれます。文学が言語を手段として己成就する為のものではなく、言語そのものをを成就せしめるものといふ覚悟に彼ら根ざして居てくれたならば国語問題の軌跡も又違つて居たでありませう。
投稿者:猫助
波江究一様

御返信遅くなりましたがこたびトラックバックさせていただきましたこと感謝申し上げます
蛇の道はへびですが、けもの道をただケダモノのごとく「はいずり」ゆく「わたくし」であります。三島と川端の話も興味深く拝読しましたが「白い手」はガス管をほおばったあの輩の自縄自縛のすえ「変換不能の「え」」の「おもひで」(間違いならご容赦)では、ないかと、すなわち所詮昭和の置手紙すなわち「遺物」ではないかとかようにおもいます。

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