2006/3/29

『人々のイスラーム;その学際的研究』  お勧めの1冊

日本放送出版協会 1987年出版 片倉もとこ編。 広範なイスラーム研究者による短編論文集。紹介記事には『中東の人々を支えるイスラームの現実の姿を初めて明らかにする画期的論集』とある。

キリスト教では異端の問題が何度も大きく取り上げられた歴史がある、それに対しイスラーム世界では一般に異端はあまり大きな問題とはなっていない。 後藤晃氏の『イスラームは歴史の中で何を棄てたか』の章は直接異端の問題ではないがそれなりに非常に面白い。

「コーランの異本の存在を抹殺しようとする動きは10世紀までイスラーム世界に無かったが、ウスマーン正本のコーランを法源とする法学の発達とマドラサの普及はこのような異本を自然消滅させた」p160

「コーランには1つの法的なことがらについて矛盾した文言がしばしばある。 イスラーム法学では、その矛盾を、時期的に先に啓示された文言を後に啓示された文言が取り消している、とみなして解決する・・・10世紀の人タバリーなどは・・・対立する複数のハディースを引用して『どのハディースが正しいかは神のみぞ知り給う』として判断を停止している」p162 著者は、

「法学の発展とマドラサのシステムの普及は、10世紀まで知識人がもっていたコーラン理解の多様さ、柔軟さを棄て、ムハンマド(マホメット)理解のそれをも棄てていった」p163

と述べ、イスラーム世界において11〜12世紀頃普及したマドラサが、イスラームの枠組みの固定化を引き起こしたと述べている。 果たしてこのようなことは同じ頃西欧で発展した大学において起こらなかったのか興味あるところだが、おそらくキリスト教圏では既に公会議によりそれまでに多くの異端とされた説(アリウス派、単性派、ネストリウス派等)が排除されていたので事実上問題がなかったのだろう。 それにしてもキリスト教圏に比べ穏やかに異説、異端の類は処理されていったという感じがある。

カトリックでは「聖人」の存在がある。イランに於てもそれに相当するものが存在するとのこと、上岡弘二氏による『イランの民間信仰の聖所をめぐって』によれば、

「聖所の多くが、イスラーム以前のゾロアスター教のそれを引き継いでいる」p272  
「聖所には、ところ狭しとまでに、多色彩の聖像画がはってある」 p281とし、
その中にはあの予言者ムハンマドすらあるとのこと。 彼はモスクと聖所の区別に関してこのように簡潔に表現している。

「レクリレイションを兼ねて、ピクニックについでに(聖所に)参詣するのも一般的である。ちなみに、レクリレイションを兼ねてモスクに行くことはない」p261 

このような状況はイラン以外でもあることについては北アフリカでの聖者信仰で実証されている。それについては次に述べたい。

いずれにせよ、我々のイスラーム世界に関する情報はしばしば公的イスラームについてのものでこのような土着のイスラームについてのものが少ない。
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