2006/8/23

『コロンブスからカストロまで』2  お勧めの1冊

<西インド諸島の運命>
8章「白い貧民」では、小アンティール諸島が次第に黒人(奴隷)によって占められていく事の次第が述べられている。

『バルバドスは全島くまなく開発されてしまっており、白人の奉公人に土地が分与される可能性は微塵もなかった』p123 『ニグロ奴隷3人なら白人の奉公人1人より、労働力としては余程優れているのに、それぞれの労働力の維持費は殆ど同額であった』p125

即ち、白人労働力の利用には3つの大きな障害があった。
1) 供給自体が不足していた
2) 白人労働力が高価過ぎる
3) 年季明けの白人に分与される土地がない
などである。

さらに大規模プランテーションの持つ生産効率は小土地所有農を急激に減少させた。例えばバルバドスではかって1645年頃、11,000人を越えた彼らが、1667年には745人のプランターに取って代わられ、平均所有高も10エーカーから300エーカーになった。p136

勿論、このような事態に政府は手をこまねいていたわけではない。何故なら黒人奴隷が余りに武装した白人男性よりもはるかに多い事態は安全上で看過出来ない事態だからである。そこで政府は「白人人口維持法」なるものを作り罰金を科したが、プランターはむしろ罰金を払うことを選んだ。そうこうするうちに、この罰金が当局の財源化するというよくあるパターンに陥り、人種構成の格差スパイラルは止めのない状態となっていった。p129  因に、現在のバルバドスの人口構成は、外務省のデーターによれば、アフリカ系70%、混血20%、ヨーロッパ系3%、その他インド系等とある
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/barbados/data.html

次の「王様の名は砂糖」の9章を読むと、200年前の西インド諸島は「領土」と「貿易独占権」という意味において今日では信じられない程の重要性をもつ地域であったということが判る。それは英仏抗争において、1763年のパリ条約においてイギリスが占領したフランス領土のうち、カナダを返還するか、グアドループを返還するかの論争が1つの例となるだろう。p106  

結局、この条約において現在フランス海外県となっているグアドループをカナダの代わりに獲得したことをフランス外相は大成功と自画自賛した。 一方でイギリスは実はグアドループを領土にするには何かと差し障りがあった。 

即ち、イギリス国内には「西インド諸島派」という圧力団体があり、彼らは砂糖の海外からの輸入禁止によりイギリスでの西インド諸島産の独占権を画策していた。それ故、もしグアドループがイギリス領になればはるかに安価な砂糖が流入し保護された砂糖価格は暴落することになりことは是が非でも阻止せねばならなかった。p163 (18世紀中頃のフランス産の砂糖価格はイギリス国内価格の何と半額だった) p168
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