2006/9/29

昨日の朝日新聞の「ワールドクリック」より  試行,指向,志向、思考

マレーシアのマハティール前首相が昨年11月の朝日新聞の「私の視点」で以下のように述べていることが紹介されていた。

『…かつてイスラム教徒は見識を積んだ故に力があった。ギリシャ、ペルシャ、インド、中国などの外部の文明を積極的に学び… ところがイスラム指導部は15世紀頃から科学的な研究を抑制し、宗教を学ぶものだけが栄誉を享受出来るとした。その結果イスラムは知的に後退し、今日の苦境を招いた…』

実は全く同じことを『イスラム世界はなぜ没落したか?』の著者、バーナード、ルイスも、
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/131/trackback
ニューアンスはかなり異なるが、『ギリシャ思想とアラビア文化』の著者のディミトリ・グタスも初期イスラーム時代については同じようなことを述べている。 
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/122/trackback

私の見るところ両者は政治的には敵対している。しかしその両者が初期イスラーム文化が繁栄を極めた理由については同じような理解をしていることは注目していた。 今回、マハティール前首相も同じような事を述べているのを知って。おそらくこの理解は間違っていないだろう。

ところが面白い点はそれだけではない、実は西欧中世史を眺めると同じようなことが起こっている。カロリング・ルネッサンスはともより、それに続くロマネスク期は『革新の11−12世紀』とも『ヨーロッパの知的覚醒の時代』とも云われ、この時ヨーロッパは外部の文明を砂地が水を吸い込むごとく学んだのであり、これが礎となり西欧は大きく躍進した。これらのことから得られる歴史的教訓は明快ではなかろうか?
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/23/trackback
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