2013/9/28

『くらしがつなぐ寧波と日本』  お勧めの1冊

『くらしがつなぐ寧波と日本』
東京大学出版社、2013年初版。「東アジア海域に漕ぎだす」というシリーズものの3巻目。寧波と普陀山には一度行った事がある。
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しかも中世以来、遣唐使や最澄、道元といった人たちが中国に渡る際の上陸地点、修行の地としても有名な場所。何かと興味がわく。
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読み始めると研究会で滞在した东钱湖(東銭湖)についても色々記載があるつい読みふけってしまった。
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この本によれば舟山列島への橋は2009年に開通したとか、結構最近の話。確かにびっくりするくらい長い橋だったね。p14

ここで初めて知ったのだが、中国の伝統的な建築物は寺院や宮殿だけでなく住宅も土を突き固めた上に焼成煉瓦を敷き詰めた床を基本とするらしい。しかし寧波の月湖の埋め立て地では日本式に板床を敷き、しかもその下には換気口まで設けているらしい。これはこの地がもともと湿地帯で湿度が高いのと、地盤の不等沈下が故だそうだ(←板床だと後で水平調整が容易)p40

ここで寧波による水との戦いが描かれていた。この地は雨量は年間でみれば多いが不均衡で灌漑が必要だとか、しかも日本と違い中国の河川は流れが緩やかなため海水が逆流するのでそのまま河川水を灌漑に使えない。特に、それまで杭州が担っていた港湾機能が唐代以降、钱塘江が泥砂のために低下したことで寧波に移ってからこの地の開発が必要となった。

そこで重要な働きをしているのが、あの东钱湖と它山堰だとか。前者の水は寧波の東部分の灌漑に使われ、後者は西部分の灌漑に使われているとか。図の右下に东钱湖。左下に它山堰が位置する。p23, p44

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它山堰はAD833時の県令、王元伟(wang yuan wei)によって築かれたとか。今でも彼を祀るお祭りが它山廟で開かれているとか。この2つの水利施設については色々な歴史がありとても面白い。
http://japanese.ningbo.gov.cn/art/2007/3/6/art_244_3340.html
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