2006/11/26

『宗教の復讐』1  お勧めの1冊

著者ジル・ケペル、晶文社、1992年初版(訳本)、ケペルの名を高めた本と云えるかもしれない。 以前からいつか読もうと思っていた本。 『ジハードとフィトナ』からの流れで、自然に借りてきたが、これも2ヶ月かかるかもしれない。

なお原本の題名は『神の復讐』。日本の読者には宗教とした方が入りやすいと考えたからなのか? しかし、神と宗教ではかなり印象も変わると思う。 イスラーム専門家がそこでえた知見をさらにキリスト教、ユダヤ教にも拡大していくという野心作。出版社の紹介記事には、

『アメリカの「テレビ伝道師」、聖戦を標榜するイスラム教徒、自らゲットーへと戻ってゆくユダヤ教徒―。いま、彼らは、政治的にも社会的にも強い影響力を持っている。これまで個別にしか注目されてこなかった宗教運動を、大きな社会的文脈のなかに位置づけ、その力の背景を根底から分析した、気鋭の政治学者による野心作。』とある。

『20世紀を振り返ってみると、イスラム主義は多くの場合政治的権力を掌握することに失敗したと云われるが、実は3つだけ成功例がある、アフガンのタリバン政権と名前は忘れたがスーダンの政権であり、もう1つが実はイランにおけるイスラム革命である。彼ケペルは別の本で前2者は本格的なイスラーム原理主義政権ではないと云っていた。そしてイランの政権は例外だとし、以下のように述べる。

『イランの状況の独自性にはまた別の理由があった。それはスンニー派世界とは異なる、聖職者階級と政権の関係からきている。シーア派イスラムには、聖なるテキストを自分流に解釈する資格を持つ何人かの法学士たちによって指導される、序列化された、ほんとんど聖職者集団*といってもよい集団が存在する』p62

*イスラーム世界にはキリスト教世界と異なり聖職者集団は基本的に存在しない。

『革命的イスラム主義運動が繰り返し挫折した原因は、まず現代のスンニー派世界における宗教の場の構造からきている』p65

これがまさにイジュティハードというものではないか!!
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/326/trackback
昔、イスラーム思想史を勉強した時非常に印象に残った事柄だったが、満更あの時の努力は無駄ではなかったと感じた。

私は勝手に 「シーア派はスンニー派に比べ現代に適応出来る可能性が高い」 と考えているが、その根拠がこれだった。 

なおイスラーム主義者の民主主義に対する捉え方は以下の通りである。 これはアルジェリアのFISの説教師の言葉である。 

『…民主主義とは神の被造物の利益の為に、神から神の政権を奪った「*ジャーヒリーア」の1形態でしかない…』p90

*ジャーヒリーア=無明時代、イスラーム世界にあっては神の法がまだ知られていない時代と考えられ否定的な意味合いがある。

「文明間の対話」に無邪気な見方が横行する今、この言葉の意味をもう一度噛み締めるべきであろう。我々の常識が必ずしも普遍的なものではないことを知る為に、
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