2014/9/28

宗教戦争 & 『中華と対話するイスラーム』3  お勧めの1冊

<御岳山噴火>
今日昼頃突然爆発的に噴火。 自然災害の多い国土の上に我々は生きている。人の力の届かぬ存在を前にして、それに相応しい諦観の思想を生み出した日本文化。



<宗教戦争>
米国に続いてフランス、イギリスがイスラム国への攻撃を決めたようだ。まさに宗教戦争勃発ということ。これからはさらに内なるテロにも脅かされることになるだろう。

原理主義的イスラーム主義者による異議申し立てが「人権」「民主主義」「人道主義」などの西洋の基本的概念まで及ぶことを知ると、とたんに宗教戦争と化す。しかし、それは無理もない事だと思う。そのイスラーム主義者の民主主義に対する捉え方は以下の通りであるから。 

『…民主主義とは神の被造物の利益の為に、神から神の政権を奪ったジャーヒリーアの1形態でしかない…』
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かつて西洋が血みどろの宗教戦争を経てのち、近代を迎えたようにイスラーム社会にもそのような歴史が必要とされるということか? その点、もともと聖と俗との激しい抗争がなかったアジアは幸運だった。

…ところがアジアのある国は自らそのような勢力を己の拡張主義で自国の引き込んだ ま自業自得とも云えるが…

イスラム国の傭兵に回族が含まれているとのニュースが流れている。




『中華と対話するイスラーム』3
先に述べたように、スーフィズムというものが上級の学習者にしか許されない内容のものだったという記載がある。多分、スーフィズムには毒を含む思想だという意識があったのだろう。p106

清代の内地の中国モスレムは主流思想である儒教との調和に腐心したということが書かれてあった。これは清朝時代にモスレムに対して大規模な弾圧、民族浄化が行われたことと無関係ではない。周りを取り囲むマジョリティーの漢族に対して、モスレムの生き残りを模索するなかで儒教との擦り合わせといったことが起こったに違いない。

また面白いことが書かれてあった。それはそのような傾向の中でスーフィズムは道教とも接近したということ。これは理性的アプローチより、神秘的直感を重視したスーフィズムには儒教よりも道教のほうに親和性があったということだろう。それは何だかよく判る気がする。p205 

即ち、神秘的な力をもつスーフィーと道教の神仙を重ねうる可能性があったからだろう。p320

典型としてスーフィズムの漢語経典である『綱常』と云う本と内丹道教の経典である『悟真篇』の注釈本との比較があるが、ほぼ同一と思われる内容が書かれている。p293

19世紀の雲南ではイスラーム法を遵守しつつ中国の現実に適応する術を探求しようとした学者が存在する。これは雲南ムスリム反乱の際に中国ムスリム社会が消滅の危機に瀕したことから、イスラームを中国の現実と調和させつつ保全するための試みということができそうだ。p379

今になってようやくあの昆明でのテロというものが歴史的に根深い漢族と回族との対立闘争の背景があったことを理解した。
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