2015/8/28

『グローバル・ディアスポラ3』7  お勧めの1冊

『グローバル・ディアスポラ3』7
序文を読んで読み終わろうと最初思っていたのだが、ここに初めて聞くようなことが書いてあった。

それはアラビア半島のオマーンが17世紀、当時東アフリカを支配していたポルトガルを駆逐し、この地帯を植民化しただけでなく、首都さえも移したということ。やがて19世紀末にイギリスに支配されたがアラブは支配層に留まった。さらに1963年の独立し、その直後に支配層のアラブ人がアフリカ人に一万人以上虐殺され、多くのアラブ人がオマーンに帰還したとのこと。驚いた、これは一度読んでみないといけないと思った。p28

著者は云う、

「あまり知られていないことだが、実はオマーンがかつて東アフリカ沿岸部に植民地を築き、現タンザニアの沖合に浮かぶ小さな島、ザンジバルに首都を移したことから、多くのオマーン人が東アフリカに移住した… 1970年以降いっせいに本国に帰還して」p244

まさしく初めて知ることだ。著者によればオマーンの総人口240万人のうちアフリカ系は10〜30万人とか。彼らは一般的に教育程度が高く、政治経済的に高い地位を占めるいわば官僚エリート層。彼らは入植型帰還移民に分類される。p245

この突然の大量帰還は1963年のザンジバルの独立と、その直後におこったアフリカ系住民による1万人以上のオマーン移民が殺害され、70年にオマーンの現スルタンが在外移民を呼び寄せる政策にでたことにより短時間で数万人の帰還が起こった。(1970年時点でのオマーンの人口は66万人) p249

これらオマーン移民はスワヒリ系のモスリムアフリカ人と結婚したが、アラブの系譜上は生まれた子供はすべてアラブとされたという背景もある。p262
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