2015/10/30

『新シルクロード』  お勧めの1冊

研究センターの古い机の中を整理をしていたら血球計算盤が沢山出てきた。今は機械で計測しているので使うことはないが捨てるには忍びない、というわけで迷っていたら別の教室の大学院生が「それは何ですか?」と聞かれた。

聞いてみると今では実習でも血球を顕微鏡下に自分の目で数えることはないらしい。ちょっと驚いた。基本的な知識や技能として、せめて実習では古典的な方法を自分の手と目でやってみることは必要な気がするのだが? もっとも最近はいろいろ新たに知っておかねばならないことも増えたので省略されるようになったのだろうが、、、



『新シルクロード』
副題:激動の大地をゆく。NHK出版。2007年初版

まだ中央アジアが現在のような戦乱に巻き込まれていない時代の紀行記である。今激しい凄惨な戦闘が行われているシリアにも旅のガイドが書かれている。

内容的には大したものはない。これまで見てきたことに特に付け加えるほどのものは見つからなかった。ただ1つアラビア半島の南の端、イエメンのところで「シバの女王」に関する記載で、6世紀、ササン朝ペルシャの支配下に置かれていた頃、それまで2000年近くも、この地の豊かな農業を支えていた巨大ダムが破壊されるという事件が起こったことが書かれてあった。このダム(マーリブダム)の水門跡が今でもサナアから東に車で3時間ほど走った場所に遺構として残っているらしい。p31  幸いこの古代のダムについての写真も見つけた。それによれば、

『マーリブダム(遺跡)は紀元前8世紀?竣工、シバ王国を維持し、570年に崩壊』とある。

http://www.jsce.or.jp/library/itou_photo/files/2-19-3-01-01.shtml

ところで、井筒俊彦氏は「イスラーム誕生」で

『イスラーム誕生前夜のアラビアでは、若い世代はまさにこのような重大な危機的状況に追い込まれていた』として、

その<悲劇的>と呼ぶ数々の詩歌を文献的に挙げて論証する。しかし何故そのような精神的危機状況が訪れたのか?についての記載はなかった。

一方で、B・ルイス氏は、このジャーヒリーア時代、ベドウィンの社会に社会的危機が起こった。それは人口の急増と南アラビアにおける治水ダムの決壊を象徴とする農業の崩壊であり、多くの南部のアラビア人が北に避難せざるを得ない生存の危機的状況あったという事実を指摘されていた。

現在のところ井筒氏の「危機的状況」とルイスのいう「農業の崩壊」とそれに伴う「北への難民」が直接関係するかどうかはきちんと調べ切れていないが、ここで述べられているダムの決壊はそれを指すのではなかろうか? 実際、ダムの崩壊が570年に起こったとすると、622年のヘジュラがまで半世紀。十分可能性がある。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/112/trackback


<データーベースとして>
フランスの詩人、ランボーは詩作を放棄してしばらく、アデンに住んでいたとのこと。p35

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