2016/6/23

『コサックのロシア』5  お勧めの1冊

日経web版に星野佳路氏が「留学のススメ」と題して寄稿されている。曰く、
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO03125430S6A600C1000000/

『留学してよかったと思うのは、外から日本を見ることができたこと』 そして、同時に、 

『彼ら(留学生同士)に笑われるようなことはしない』 という意識が常にあり、それがその後のリゾート開発の時点でも役に立ったとのこと。 成る程と思い、そしてこれは案外とても重要なポイントであるような気がした。

つまり彼らとのコミュニティーを大切にすることは、プライドを持って彼らと競争して行くことであり。その中でグローバルな人材として世界に認め、認められあう、ということだと思う。

このblogでも時々『矜持』という言葉をよく使うが、まさしくこのプライドのことだ。『矜持』は限られたコミュニティーの中だけで通用する、「低レベルの独りよがり」でなく、世界中の人から認められるもの。またそうでなければ持つ意味もない。

私も学部1年生に教科以外の特別講義を1コマ任せられているが、その中で研究センターの紹介の最後に、

『大学院に進む機会があれば是非海外留学に挑戦してもらいたい』 と述べている。

そしてそれに続けて、『留学するならどこでもいいのではなく、世界最先端の所へ行くこと。そうすれば、世界観が変わります』 と、 そして最後に、

『同じ3階のフロアーに3人のノーベル賞受賞者がいるようなところを想像してもらいたい』と付け加えている。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3674/trackback



『コサックのロシア』5
1773〜75年にかけて、プガチョフの乱というドン・コサックによる反乱が起こる。この乱はウラル川を遡るように、オレンブルグ(1773年)、エカテリンブルグと落としていくが、この2つの都市の名前はドイツ的。もしかすると12世紀末に始まるドイツ人の東方植民により拓かれた都市かもしれないと思い調べてみたがとてもあの時代ここまで植民が進んだとは思えない。p140
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/416/trackback
それならば何故、「ブルグ=要塞」という語尾がつくのか? もしかすると、プロイセンの科学者の支援により要塞化がなされたのかもしれない。これは今後の課題。いずれにせよ、この乱は「農民とコサックの共和国」という一種のユートピア幻想だったとする。p142

最後に著者は、クリミア半島はウクライナ人とロシア人、それに先住民族のタタール人の三つ巴でクリミア領有の正当性をめぐり争っているとする。p146 そう、そして現在、彼ら同士はまさに領有をめぐり内戦状態にあるわけだ。最後に著者は、絢爛たる帝政ロシアは農奴とコサックという戦争奴隷の2つの奴隷制度に支えられたと言う。p149
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