2019/11/14

読書三昧の1日 & 『エーゲ 永遠回帰の海』  お勧めの1冊

今朝二度寝する、起きたのは10時近く。リタイヤすると気が緩み「ま、いっか〜」が起こる。こんな日は勉強意欲もゼロ。ま、明日から気を取り直して頑張ろう! <自分に対するプレッシャー(汗)

それにしても、その後「ものみの塔」と「エホバの証人」の布教師の方が相次いで訪問。今の時期は布教シーズンなのだろうか? 失礼のない範囲で対応、お引き取りしてもらった。

そんなこんなで、今日は1日『WTF経済』と『習近平が変えた中国』の二冊を交互に読む。前者は難しい本だろうから、頭が疲れた時に後者の本をと準備したのだが。両者ともスイスイ読める。後者は最新のデーターが入っていたので頭の中のデーターベースが更新された(笑)



<香港が熱い>
如何に1国2制度とはいえ、香港が中国に戻った以上。将来は自ずから見えてくる。 

心配なのはこれが天安門事件のような事態に発展しないかだ。 ここで1つ重要な点を再認識しておきたい。2017年秋の19回党大会で武警が国務院から中央軍事委員会の管轄下に移動された。これは武警の軍隊化を意味し、香港での「警察権の行使」がいつでも「国家主権の行使」になるということ。その用意は既にあるということだろう。

現時点ではまだ対処しているのは香港警察だろうが、この中に武警が紛れていない保証はない。普通に考えるなら裏方で入っていると思うが? 踏みとどまるかどうかは政権次第。あるいは現時点での香港の国際的重要性をどれだけ中央政府が勘案しているかということにかかる。今の所大丈夫だという報道が主流だが、さてどうだろう?
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52108470T11C19A1000000/



『イスラーム書物の話』はなかなか読むごたえのある本だが、それだけにちょっと疲れる。そこで関連する本としてエーゲ海を囲んでギリシャ、トルコの周回の旅の旅行記を先に紹介する。著者は何とあのジャーナリストの立花隆氏。内容は読みやすく1日で読めた本。

『エーゲ 永遠回帰の海』
立花隆著、須田慎太郎(写真)、書籍情報社、2005年初版。

この本は上記の2人の共同制作と言って良いもの。大量の写真が楽しめる。これらの写真なしでは内容は伝わらない。それにしてもこの本、これだけの写真がありながら僅か1,500円驚きだ。立花氏もこの点について述べていたが、実はこの本の元になった文章は20年前に書かれたものだとか、p104 それがジャーナリストとして多忙を極めた立花氏が放っておいて、ようやく2005年に出版できるようになったらしい。p330 この間に写真集の出版事情が様変わりし、当時だったら、その当時の金額の1/10で出せるようになった。世界が様変わりした実例。

ここで語られる物語の最終目的地はあのアトス山である、下図中の29。しかしそこに行くために2人はエーゲ海全域を回ることになった。p104 何故かはよく書かれておらず、分からないが、なんとなく感じるものはある。
https://trenjoy.com/7693/

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あの山についての実に素晴らしい写真集もむかし見たことがある。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1061/trackback

その時、それまであまり芸術性を感じていなかったビザンチン美術の真価を感じたような気がした。その他にもヒランダル修道院に生える糸スギの素晴らしさも。

106ページにアトス山の地図と各修道院間の距離とかかる時間が書いてある。何故、そのような記述が必要なのか、読めばわかるようになっている。図中の赤線のバス路線以外、ここには車が通るような道がない。すべて徒歩で移動しなければならない。しかも修道院は夜明けから日没までしか門が空いていないし、同じ修道院には24時間いてはいけない。つまり、移動し続けないといけなし、それゆえ次の修道院までに日中到着しなければ野宿となる。p140

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ここは女子禁制の場だが、それは動物(ロバ)も同じ。ただし例外は猫だとか(笑)実は中世から修道院ではワインや食物倉庫に巣食うネズミなどの駆除に猫は昔から重宝されていたからだと理解する。p114 

ここでローマがギリシャを支配する時点でローマの神がギリシャの神の間で相互乗り入れが起こった話が書かれていた。例えばゼウスが実はジュピターでアフロディティはヴィーナスだとか。それはまさにあの『八幡神と神仏習合』で描かれていた、本地垂迹説そのままだ(笑)p212
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5865/trackback

ところで著者の立花氏はこの本の中で自分自身で東大の哲学科だとしている。p270 経歴では仏文科となっていたが、調べてみると卒業後、文藝春秋に短期間勤め、その後哲学科に学士入学したみたいだ。因みに卒論はブランスの哲学者メーヌ・ド・ビラン。
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