2007/6/29

青春の一コマ  

『(自由が)人間に多くの危険をもたらすのだ。しかしその危険を通してしか、人間がそれに達しえないとしたら、私はやはりこの道を選ぶしかないだろう』 
            「背教者ユリアヌス」より p491-2

朝「哲学は知的遊戯でよいのか?」というタイトルで言及したカントとフランクル、そしてそこからリンクされた以前の書き込み「背教者ユリアヌス」
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/503/trackback
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/21/trackback

自分が大学生の時、一番大切にしていたことが「自由」であることを思い出した。それは確かにカントの中心命題でもあったろうし、フランクルが述べる「不治の病でベッドから1歩も動けない人間」でさえ持ちうる「権利」であると同時に「責任」であった。 さらに「背教者ユリアヌス」が、その為に命をかけて戦うことの出来る「大切なもの」でもあった。 あの頃私は、神仏を敬いつつもそれに頼らず生きて行くべきだと結論したのかもしれない。

…永いこと忘れていた青春の一コマを思い出すのは、ちょっとした胸キュンもの。
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