2007/8/27

あるblogでの話題に触発されて、  試行,指向,志向、思考

昔出入りした西欧中世史関係の掲示板で
http://www.greengrape.net/bbs/index.html
厳島神社がよく話題になっていた。(2000年9月03日書き込み分、他多数)
http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2000_0908.html

あの神社は1年中専属の宮大工数名が補修をしているらしい。それはそうだろう、そうでなければ常に海水に洗われる建物、直ぐに朽ちてしまう。 私が思うに、あの厳島が世界遺産として価値があるのは古いが故ではない(断定) 何故なら常に新陳代謝を繰り返す建物は事実上新しい建物だから。 同じことは20年ごとに立て替える伊勢神宮にも云える。
http://www.isejingu.or.jp/shosai/sikinen/sikinen.htm

厳島は、

『建物それ自体に価値があるのではなく、それを大切だと思う人がいて、それ故、それを存続させようという強い意志(単なるノスタルジャーでは駄目)があればこそ世界遺産だということ』

ある人のblogで話題になっている刑務所跡もそうではないか? 古いが故ではなく、頑丈であるが故でなく、美しいが故だけでも駄目で。多くの困難さを乗り越え(資金面は特に大きい。単なるノスタルジャーでは駄目)残そうという意志がどれだけあるかが全て。

それが無かったからこそあの刑務所跡は取り壊された。 あのアフガニスタンの石仏と同様。 そこに住むモスレムにとって仏教遺跡は何の価値もないということ。人の意思の無いところにいくら箱ものだけを残しても詮無いこと。 
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