こちらの記事で、個人所有となった元東海電気鉄道のバスを特集した(もはや数年前だな…)。多くは旅館送迎用などの用途を持って所有となっているものが多いが、中には…。
その車両との出会いから現在までを、インタビュー記事を交えてご紹介します。
第8回となる特集は、青葉台交通から4人目のエントリーとなります。
『失恋を乗り越えて』
北沢 俊彦(青葉台交通バス運転士)
(同伴)伊奈葉 みなと(神崎市内飲食店従業員)
車両:三菱ふそうエアロクイーン U-MS729S(1993年式)
*この画像のうち人物の画像は
似顔絵イラストメーカーで作成し、バスの画像と合成したものです。
今回は珍しく、愛車のバスを背景に2人が並ぶ。
北沢氏は現在、青葉台交通でバス運転士をしながら、同じ県内でバスを保有する人たちが集まるバス愛好家団体(同人サークル)『ラビットエクスプレス』を主宰する。彼の愛車は、その団体の看板車両として使われており、ピンク系のラインに、サークル名の由来となっているウサギの絵と、サークル名を英語で『RabbitExpress』を書かれている。今回はそのサークルを主宰し、バスを保有している理由などを中心にスポットライトを当てていきたい。
Q:この車両との出会いは??
(北沢):青葉台交通で貸切バス事業を始めた際に、東海電気鉄道から譲り受けた大型貸切車3台のうち1台です。後に東静バスから大量に大型貸切車が入ってきたことによって、3台は退役。最後まで残っていた1台を譲り受けました。当初は社名だけ消して、名義変更して白ナンバー化して乗っていました。
Q:今のカラーリングではなかったんですね
(北沢):まだ自身でバス愛好家団体を作る前ですからね。今の勤め先でもある青葉台交通から現車を譲り受ける時も"社名さえ消せば、カラーはそのままで構わない"と許可はもらっていました。この頃には、今とつながる予兆もあったというか…。
Q:なぜご自身で団体を作ろうとしたんですか??
(北沢):勤め先がバス会社ですから、同僚はたくさんいました。しかし、そのバスが好き…それに乗るなり撮るなりの、趣味の対象としている人…そんな人たちで集まれる機会が、当時はありませんでした。そんな中で、少なくとも同じ趣味を持つ人たちで集まれる場を作りたい…それを形にしていった感じですね。当初は今のサークル名"ラビットエクスプレス"という名前は考えてもいませんでしたが…。
Q:それに至ったきっかけは何だったんでしょうか??
(北沢):自分が人生で一番沈んだ時…と言いましょうか。幼少時からの幼馴染…高校時分からは付き合っていたので恋人だった相手が、上京の後に向こうで相手を見つけて結婚した…それを他人とかを通じて知った時…もう愕然としました。自分の中では別れた覚えがなくて、急に音信が不通になり、ようやく知れた動向が、他の誰かと結婚するという話でしたから…。決まった以上は彼女の幸せを祈るしかないでしょうが、もう心境は複雑でした。
(取材):別れた覚えがなかった…とは??
(北沢):その彼女とは、ちゃんと別れていなかったんですよ。彼女が上京する際、帰ってくるまでずっと待っている…そう約束をしていました。出来れば、その…他の相手と付き合ったときに"別れよう"とでも言ってくれれば、自分の気持ちも一区切りしたとは思うんですけどね…。その結婚式の招待状も来ましたが、それは地元でやったとはいえ、自分は行く気にはなれませんでした。
(取材):その送迎バスを担当されたとか…
北沢:ええ、そうです。社長の計らいで、祝儀などを用意してもらって…でしたね。当の彼女と顔を合わせることはありませんでしたが、あの祝儀に別れの一文を追筆…気持ちを区切りました。その時には"恋人なんていらない"とか、本気で思ってましたね…。あの頃の自分は本当に、絶望の中にいたと思います。それを全て忘れていられるのが、バスに触れている時だけ…それで同じ趣味の人たちと交流を持ちたい…そんな感じだった気がします。
Q:今のサークル名、その由来は??
(北沢):今の彼女…現在隣にいる、伊奈葉さんが勤めている飲食店というのが、いわゆる"メイド喫茶"で、店員がラビット…うさ耳をつけて接客している店でした。そこからヒントを得て考えた名称ですね。自分にとっては救いになった場所でもあるので…。
(取材):救いとなった場所…ですか
(北沢):さっき話した失恋の話と関連するんですが、傷心だった自分を、友人であり同僚3人が遊びに誘ってくれました。その休日の最後に寄ったのが、その店だったんです。それから仕事中の昼休憩に寄ったりして、ほぼ常連になり…だったかな。結構頻繁に行き始めたころから、よくついてくれたのが彼女でした。
Q(伊奈葉さんに質問):彼が指名してきたとか、そんな感じですか??
伊奈葉:うちの店はナイトクラブじゃないんですから、指名制はやってませんよ(笑)。何と言えばいいんでしょうか…。彼がうちの店を使うのは、ほぼ昼間…ランチの時間帯です。その中でも、メイド対応のサービスをしない方…普通の喫茶店のサービスの方をよく利用していますね。
(取材調)そのメイド喫茶"RabbitCafe"は、店員がお客に対してメイド対応をする、いわゆる"メイドカフェ"フロアと、メイド対応をせずに、普通の喫茶店のスタイルをとるフロアがある。北沢氏が使っているのは基本的に喫茶店フロアで、昼食を摂りつつ休憩するらしい。
(取材):それだと、なぜ伊奈葉さんと接点が生まれたかが、謎なんですが…
伊奈葉:彼が最初に入店したのが、その…傷心のオフ会とかで、友人の方と4人で来た時でした。その時に接客したのは私でしたが、あの時の印象はそこまでなかったですね…。その時は、ただなんとなく過ごされていた感じでしたので…。彼の事を意識したのは、それから暫く経った頃…新人さんと私たち何人かで、忙しかった時でしょうか…。その新人さんが食器を片付けていた時にバランスを崩して転倒…食器を割ってしまったことがあったんです。私が気付いて駆け付けた時、その新人さんを起こしつつ、散らばった破片を片付けてくれていたのが彼でした。私に掃除道具とかを持ってこさせて、後始末をほとんど…。彼にとってはほんの些細な事だったかもしれません。それでも…私には刺さったんですよね。食器の破片ではなく、彼の純粋な優しさが…。
(取材):それから、彼が来店したときには対応してたと…
伊奈葉:他のテーブルとかで対応しているときは除きますけどね。ただ、その時はもどかしかったりしましたけど(笑)。
(取材調)来店1回ごとにスタンプを押されるポイントカードのサービスと、会員登録で貰える会員カードがある。北沢氏は元々ポイントカードしか使っていなかったが、伊奈葉さんが勧めて会員登録。常連客として認められた後、店の制度で"店員が常連客1人だけと優遇会員…専属契約出来る"ルールを使って優遇会員に指名していたとか。
伊奈葉:店員とお客さんが顔なじみ…常連客になっていくと、自然と専属みたいな形にはなっていきますよね。メイドカフェ側だったら、その人のテーブルにつくことも出来るんですが、彼は昼間の休憩時間を主に使って来たので、使うのは喫茶店側…そういう事は出来ませんよね。一時期は休憩時間を合わせて、一緒にお昼を食べたりとか…本当に公私混同甚だしいですね(苦笑)。
(取材):その時の伊奈葉さんについて、どう思いました??
(北沢):なぜそこまで必死だったのか、よく分からなかったですね。ただそれでも、店員と客…お店的に言えば、メイドとご主人様的な関係をなしに、結構気軽にいろいろ話したりとか出来ましたよね。あの時は失恋を引きずっていましたが、何の隔てもなく話してきてくれる彼女とのひと時は、ものすごく心地よく感じました。ただ一緒にご飯食べて、些細な事で雑談するだけでしたが…。公私混同している感はありましたが、それも彼女なりのリップサービスと思っていました。後に気持ちを伝えたら、それはリップサービスじゃなくて本心だったと知って、本当に驚きましたよ(苦笑)。それで双方に好意がある事が分かって、付き合いだすわけですが…。
(取材):本当に、出会いはどこにあるか分かりませんね
Q:このバスに伊奈葉さんを乗せたことは??
(北沢):それはありますよ。2人とも仕事を終えた後とか、このバスでドライブ行ったこともありますしね。後は…伊奈葉さんの頼みで、そのお友達何人かで日帰り旅行に行ったときでしょうか。集合場所にこれで現れたら、驚かれたこともありますしね。
(伊奈葉):あれは付き合い始めてすぐの時…だったかな。2人で夜景を見に行こうという事になって、帰り支度をしてお店で待ってたら、彼は歩いてきた。なぜかと聞いたら、路上停めが出来ないから近くのコンビニに止めたと答えて…。行ってみたら、このバスが止まってて驚きました…。今ではすっかり慣れてしまいましたけどね。
Q:バスサークル『RabbitExpress』を設立した後、どうなりました??
(北沢):インターネットでHP作ったりしたら、バスを持っている人とかも集まりましたね。それぞれ自慢の車両を比べたり、いろいろと…。よかったと思えるのは、やはり同じ趣味を持つ人同士で情報交換したりと、盛り上がることが出来たことだと思います。
(取材):このサークルには、青葉台交通の社長夫妻は参加されていないそうですが…
(北沢):最初に声をかけたんですけどね…。ときどき撮影会とかを企画する際、オブザーバー的な感じで参加してもらっています。車両展示とかでは、お二人のバスを並べさせてもらったりと…
Q:今後は、どうなさっていくつもりですか??
(北沢):サークル活動を、今よりもう少し幅広く行っていきたいですね。例えば…整備士の方々の手とかを借りて、古いバスをレストアしたりとか…。
まず第一に"自分はバスが好き"という気持ちを忘れず、同じ気持ちを持つ人とのつながりを築き、大事にしていきたいですね。無論、彼女とともですけど。
(伊奈葉):あの時の出会いは、今も間違っているとは思っていません。その人は好きが興じて、仕事としてバス運転士の道を選んでいるのは、ただのお客と店員との関係だった時から知っていますし…できればずっと、この人のそばについていてあげれればいいなとか、そう思っています。
このお二人を取材して分かったのは、「ほんの些細な出来事が、縁をつなぐことがある…」ということだった。現在、北沢氏が主宰のバスサークル『RabbitExpress』は、おおよそ30名程度の会員数らしく、今では青葉台交通の協力の元、バス撮影会などのイベントも時折行っているらしい。サークル設立の理由の1つに"バスの魅力を知ってもらいたい"と語る北沢氏と、その傍らで彼に寄り添う伊奈葉さん…今のバスのカラーリングは、ほぼ彼女をイメージしたものだそう。
「幼馴染に対しての未練が完全に消えたかと聞かれたら、嘘になります。しかし…あの時の傷心の自分を救ってくれたのは、伊奈葉さん…あの時のオフ会で行ったメイド喫茶で出会った1人のうさ耳メイドでした。今ではそのうさ耳メイドと付き合っているのですから、世の中何があるか分かりませんね。自分がバス運転士になったのと同様、いろいろな面で縁を感じました。」
最後に尋ねた質問に対し、北沢氏は照れ臭そうにそう答えた。

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