ストックホルムの国会議事堂前で座り込み、(skolstrejk för klimat 直訳すると「気候のための学校ストライキ」)=気候変動を食い止めるための行動を呼びかけた15歳の少女のことを聞いたのは去年の夏のことだった。毎日早朝から就学時間どおりに座り込みをし、時々ノートを広げて宿題もやっている三つ編み姿の彼女を見れば、単に怠けて学校をさぼっているのではないだろうということはすぐにわかった。
「あなたたち大人は私(子供たち)の未来をつぶすようなことをしている」という厳しいツイートなども話題になり、ソーシャルメディアなどの力でいつの間にか彼女は国外にも知られるようになった。それが一年後の今ノーベル平和賞候補としてノミネートされているGreta Thunberg グレータ・トゥンベリである。
その12月、彼女はポーランドで開かれた国連のCOP24( 気候変動枠組条約締約国会議)に招かれて英語で演説をした。これがそのスピーチ
https://www.youtube.com/watch?v=VFkQSGyeCWg
VIDEO
各国代表を目の前にして、彼女は「ほんの一握りの人たちの金もうけのためにこの星が犠牲になっている」「将来自分の子供に 手を打つことができたはずなのにどうしてその時何もしなかったの?と言われたくない」 「あなた方が好もうと好まざると変化の時は来ている。」 などの鋭い言葉をたたみかけるように投げかけた。15歳の少女の迫力のスピーチは多くの国で報道され、グレータは世界中で有名になった。
グレータの「学校ストライキ」は予定通り選挙とともにひと段落したのだが、その後も彼女は毎週金曜日に国会前の座り込みをつづけた。それに影響を受けた世界中の若者が "Fridays for Future" というプラカードをかかげて金曜日にストライキやデモ行進をするようになった。日本でもグループがいくつかできている。Facebookグループのアドレスは
こちら 。彼女の「今すぐアクションを!」という声が世界中に広がってきたのだ。
ところで彼女の母親は有名なオペラ歌手のマレーナ・エルンマンである。(上の写真はwikipediaから拝借。)マレーナはオペラ歌手だが、ユーロビジョン歌合戦に出場したりツイートで移民ぎらいの政党をおおっぴらに批判するなど、クラシックのアーティストらしからぬところがあり、オペラに無知な私でも知っていたし、面白い人だと思っていた。
マレーナは夫と共著で娘二人(つまりグレータと妹)をめぐる家族の危機についての本を書いている。それによると、グレータはいわゆる 自閉症スペクトラム障害をもっており、一時的にその症状によって非常に苦しんだという。彼女の妹も似たような症状があり、姉妹と両親にとっては嵐のような苦難の時期だったそうだ。
数年前のグレータは誰とも口がきけず昼も夜も泣き続け、食べ物も喉を通らないという危機的状況にあった。しかし、どういうわけか彼女に生きる元気がよみがえってきて体調も回復した。それは気候変動と闘うことによって湧き上がってきた力なのだったという。
11月にストックホルムで開かれたTEDでのスピーチでそのことについても語っている。和訳字幕あり。
VIDEO
「そういう話、どこかで見たことがあるような」…この世の終わりを悟って一度はひどい鬱になる女性が出てくる映画-デンマークのフォン・トリアー監督の「メランコリア」を思い出したのだ。この映画のヒロイン(ジャスティン)も鬱病のために歩くことも立つこともできない重病人のようになるが、次第に体調も精神状態も平常になってくる。そして地球の崩壊に気が付いた姉がパニックになるのとは対照的に冷静に破滅の時を待つ。幻想的な映像とワーグナーの音楽(これについてつまらないコメントをしたせいで監督はカンヌから追放されてしまった)が印象的な映画だ。
このヒロインはうつ病だし地球を救うために行動を起こすわけでもないので、グレータとの類似点はさほどないのだが、地球の破滅が近いことを肉体ごといち早く感じ取り、反応した部分は共通しているような気がする。
グレータを突き動かしているものは「このままだと地球が破滅、崩壊してしまい、あらゆる命が滅びてしまう」「私たちに残された時間はほとんどない」 という張り詰めた危機感だ。そして「希望を探す代わりに行動を」「従来のルールに従っていては解決はない。ルールを変えなければ」と強く訴えかける。彼女は預言者であり、現代のジャンヌダルクである。
何度も引用されている "I want you to panic" 今年2019年1月 スイスのワールドエコノミックフォーラムにて
VIDEO
米国タイム誌の表紙を飾り、ローマ法王や仏大統領と会見し、ノーベル平和賞の候補にもなった彼女の先月のニュースは「9月にニューヨークで開催される国連の会議に出席するためにやむなく新学期から学校を休むことにした。」というものだった。勿論飛行機ではなくて船で大西洋を渡るので時間がかかるからだ。
相変わらずブレてないな〜ハハハ と思っていたところ、おととい(7月30日)この船旅に関するスキャンダルが報道された。彼女が8月中旬から乗船する予定の大型ヨットはBMW社、モナコのボートクラブ、そして評判のよくないスイスの銀行がスポンサーである、というものだ。(真偽のほどはわからない。)それだけではなく彼女を中傷するようなソーシャルメディアでのコメント(国外からも)が増えてきているという記事も読んだ。彼女が親の七光りであるとか、学校をさぼって何が偉いのかなどという批判は以前からもあったが、最近はもっと意地悪くいやらしい感じのツイートなどがされているという。
これだけ影響力を持つようになると、彼女の存在が脅威となる人間や企業がいても全く不思議ではない。そして、その影響力を落とすためにあの手この手を使ってくるだろう。でも、彼女を黙らせることは決してできない。
(追記)
今日(2019/08/02)国会議事堂前の座り込み中のグレータが取材を受けているのをテレビで見た。もうすぐ大西洋横断の長旅に出るので少なくとも今年はこれが最後の座り込みだ。インタビュアーが「あなたはフランスの大統領やローマ法王と話しましたね」というと、彼女は「会うには会ったけれど、彼らは私の訴えを聞いていなかったのかもしれません。」「もし聞いていたら何かしているはずだけど、彼らはまだ何もしていませんから。」と答えた。(ヨットに関するコメントはなかった。)
0