2018/9/23

ブログの引っ越し  お知らせ

こちらのブログは現在更新をお休みしています。

最新の日記については、下記のブログにて主にバイオリンとオーケストラのことについて更新していますので、よろしくお願いします!

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バイオリン日記
http://ameblo.jp/naoviolino/



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                   なおっち
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2018/9/23

バイオリン関係はこちら  バイオリン

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なおっちのバイオリン日記
http://ameblo.jp/naoviolino/
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2015/10/12

ラグビーW杯2015  スポーツのコラム

今日、日本代表の全日程が終了した。

ワールドカップで3勝。
そして、南アフリカ代表に勝ったという事実。

彼らは間違いなく勝者だ。日本ラグビーの歴史を変えたのだから。
この大会はこれから何十年と語り継がれていくだろう。

あの南アフリカとの試合、スプリングボクス相手に
同点狙いではなく勝利を目指してスクラムを選び、そして
本当にトライを奪って勝利した場面は何度見ても泣ける。
世界中の人達もあの誇り高き選択とその結果を称賛していた。

今回準々決勝には進めなかったけれど、今回ほど感動したワールドカップはなかった。

ありがとう、ジャパン。ありがとう、Brave Blossoms。















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2014/8/24

女傑(4)  競走馬のドラマ

以前、女傑(3)の記事まで載せた時点で2005年であった。
そして偶然にもその年から日本競馬で牝馬が覚醒したかのように中長距離でも牡馬を圧倒するようになった。

女傑(3)の続きとして、その後日本競馬界の牝馬達が活躍した蹄跡を辿ってみよう。


2005年 スイープトウショウが宝塚記念を制覇 
〃  ヘヴンリーロマンスが御前競馬の天皇賞(秋)を制覇
2007年 ウォッカが64年ぶりに牝馬としてダービーを制覇
2008年 ダイワスカーレットが有馬記念制覇
2009年 ウオッカ、JCを勝利し天皇賞(秋)、安田記念連覇を含むGT7勝を達成
2010年 ブエナビスタが天皇賞(秋)を制覇
2011年 ブエナビスタがJCを制覇
2012年 牝馬三冠の3才馬ジェンティルドンナがJCも制す
2013年 ジェンティルドンナ、史上初のJC連覇


スイープトウショウが宝塚を勝つ直前に「日本では牝馬が牡馬に中長距離で互角に走るのは厳しい」と記して以降、堰を切ったように勝ちだしている!(汗)

もともと欧州では中長距離でも牝馬が牡馬と互角に渡り合っていたが、1990年代から世界的な良血が日本に集まるようになり、日本国内では劣勢であった牝馬も世界の一流競走馬の遺伝子が次々と入ってくることでその能力が開花したのかもしれない。
今や、予想するファンの間でも「牝馬だから」といって割り引くことはほぼなくなっている。

それにしてもここ10年は女傑だらけ。流れというものはおそろしいものである。


      ジェンティルドンナ
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私、凱旋門賞2年連続2着の三冠馬オルフェーブルさんを
力でねじ伏せたこと、ありますのよ。(ウフッ)



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2013/11/13

バイアリータークの血筋  競走馬のドラマ

2004年に開設したこの「競走馬のドラマ」も今年で10年目。
10年とは長いもので、始めた当時は、三大始祖のうち「ゴドルフィンアラビアン(バルブ)の血筋危うし!」という感じであった。
しかし、アメリカでBCクラシックを連覇したティズナウという救世主が現れたこともあり、現在はかなり持ち直している。

そしていつの間にか・・・バイアリータークの血筋が大ピンチになっていた!

日本では90年代にダイタクヘリオス、トウカイテイオー、メジロマックイーンという短中長距離それぞれの大エースがいたこともあり、バイアリータークの血筋は(少なくとも日本では)安泰のように思われた。
この3頭とも期待どおり種牡馬になり、ダイタクとテイオーは早期にGT馬も輩出して前途は明るいように思えた。

ところが・・・そこからの伸びがなく、気付けばこの3頭の血統はほぼ断絶確定といった今日この頃である。

海外でもこの10年間では欧州でインディアンリッジとドクターデヴィアスの2頭だけが頑張っていたような状態で、いまやバイアリータークからのサイアーラインは三大始祖の中で最小勢力、というか絶滅寸前である。
(ドクターデヴィアスにしても当時「名馬の墓場」と言われていた日本から買い戻されて、欧州で高齢になってから種牡馬としての結果を出してギリギリセーフという状況!)

インディアンリッジ死亡、同じく頑張っていたルビトン、インチナーも死亡、ドクターディヴィアスはまもなく種牡馬引退。
バイアリータークの血を継いでいるサイアーラインは、パーソロン系のトウカイテイオーのわずかな遺児から後継種牡馬を出せない場合、実質クラリオン系ただ1つとなる。


残されたわずかな種牡馬で主力と言えるのは以下のとおりである。

コンプトンプレイス(1994年生 ジュライカップ)
ナミド(1996年生 アベイユ・ドロンシャン賞)
ニコバー(1997年生 ドゥーナデンの父)
ヴィニーロー(1998年生 愛セントレジャー4連覇の長距離専用機 障害競走用種牡馬)
インディアンヘイヴン(2000年生 愛2000ギニー)
リンガリ(2002年生 GT2勝)
ノットナウケイト(2002年生 エクリプス賞などGT3勝)

・・・だからなんでストロングブラッドやトウカイカムカムを種牡馬にしなかったのかと(以下略)


シリュスデゼーグル Cirrus des Aigles 
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2011年英チャンピオンS、2012年ドバイシーマCを勝った私も数少ないクラリオン系。
そして、残念ながらタマタマを取っちゃって種牡馬になれないセン馬なんです。。


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