Blog版「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」

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投稿者:masa
すっとこどっこいsan
ご丁寧にお返事いただきまして、ありがとうございます。サトウハチローさんが中心になった町名にまるわる運動は、町名「変更反対」運動だとばかり思っていました。町名「復活」運動ということは知りませんでした。いったん町名が変わっていたのですね。勉強になりました。谷中につきましても、区画によって、時に薄く、時に濃く、表情が異なって見えます。帰宅後、古い地図を見て「なるほどな」と思うこともあります。
僕は、町を感じ取る感覚に自信を持ってはいませんが、感じたものは大切にしよう…と思っています。
最初にもどって「下町と山の手」ですが、これは行政地名ではないようですし、鈴木理生さんは「移動する下町」、竹内誠さんは「地名は時代の変化とともに動くもの」などと、著書のなかで書いておられます。歴史を詳しく勉強なさっている、すっとこどっこいさんにとっては「何をバカな」ということになると思いますが、僕は、勉強不足であるこは認めますが、今後も、町に住む人が「ここは下町だから…」と仰る場合は、できるだけそれを汲んでいきたいと思っています。
しかし、下町と山の手について再考する良い機会を与えていただいたことに、感謝いたします。
Mさん
根津だったのは僅かな期間でしたから、元々別々で間違いはないですよ。
サトウハチロー団藤重光などの著名人が起こした弥生町復活訴訟は有名でした。
本郷・小石川については旧町名を出してきたのでご存知かと思いましたが。
谷中と根津は住居表示で括ってられるので、住居表示ごとに同じ表情・性格に感じるのかな、と思いまして言ってみただけ。
《事件の流れ》
昭和39年、住居表示施行で向ヶ丘弥生町は根津1丁目になることが決定。
反対運動から40年行政訴訟。41年和解し訴訟を取り下げ。
42年根津1丁目から分離し弥生1・2丁目を創設。
(根津1丁目には旧向ヶ丘弥生町の一部も残った)

谷中も旧町区分によって性格・表情が違って見えませんか?それとも寺と門前町で一体に見えますか?
違ったり、同じに思ったりする感性に自信ありますか?感じた違いが山の手下町の線引きを変える要因といいえますか?さて
投稿者:masa
すっとこどっこいsan
江戸期は、町の区分け(武家地や町地)が明確でしたから、下町(城下町)と山の手の線引きははっきりしていたようですね。その影響は、地図を見ましてても、明治が終わるまでつづいているようです。が、大正から昭和にかけて(明確な時期は存じませんが)、土地区画整理が行われ、江戸期の区分けは影を潜め、土地の性格が入り組みはじめたと思います。
僕が線引き云々と申しましたのは、そういった土地の歴史と現在との重なりを透かして見る、といったことを含みます。
それから、弥生町が根津だったのは何時頃のことでしょうか?よろしければご教示ください。弥生町は、江戸期には武家屋敷、明治期は向ヶ岡弥生町であり、根津とは元々別の町だと信じていましたので…。
投稿者:わきた・けんいち
興味森々さん、こんばんは。昼間、会合で外に出ていたものですから、お返事が遅くなってしまいました。申し訳ありません。ご丁寧かつご研究の蓄積にもとづいた有意義なコメント、感謝いたします。おもわずうなってしまいました。興味森々さんのあげられた、【おかしな下町・山の手イメージ】の@〜Gの分類のなかに、私などがいわば安易に考えていたイメージが、含まれているのでしょうね。私は存じませんが、風俗地理に関する研究の蓄積、ぜひ学ばせていただきたいと思いました。ただ、私などの関心からしますと、興味森々さんがご提示された【おかしな下町・山の手イメージ】、それ自体に大変興味をもつことになりました。これは、すばらしい。つまり、歴史的に、本来、下町・山の手はどうなのかということではなく、現在に生きる人びとが、その時々の状況のなかで、いわば勝手に(←歴史的研究からすればですが)下町・山の手の定義をしていくことにです。私の専門分野などからしますと、このような人びとによる定義の組み換えということに自体に、とても関心をもってしまうのです。【おかしな下町・山の手イメージ】の@〜Gまでの分類は、どなたの研究成果でしょぅか。興味森々さんご自身のものでしょうか。もし、よろしければ、その文献等をぜひご教示いただければと思います。勉強させていただきました。ありがとうございました。

http://blue.ap.teacup.com/wakkyken/
Mさん
山の手といっても、住宅街と商店街では雰囲気がまるで違います。
商家には下町住人的気質の人も多いと思います。だからといって商店街は山の手にあっても性格・表情が違うから山の手ではないとでも?
同じように寺と神社でも、住宅街の高級・中級・低級・商店混在でも違いを感じます。下宿や旅館になった地域と官吏や大学教授が住んだ地域も違います。
谷中と根津で、同じ門前町でも岡場所遊郭という歴史を持つ根津はまた異なる性格・表情を持つでしょう。では根津と弥生はどうです、住居表示も元は根津で、途中から弥生になりました。
山の手を一括りに高級屋敷町とし、それに対し商家や庶民を感じさせる地域はすべて下町というイメージの人もいるようですね。
街の醸す雰囲気は山の手でも街によって異なります。それを感じるのは結構ですが、線引きのズレとかに結びつけるのはおかしな話だと思います。
それにしてもミクロな視点でいったいどんな線引きをするというのでしょう。
投稿者:興味森々
こんにちは、東京浅草田圃生まれの歴史風俗学専攻者です。
1、もともと山の手下町に明確な定義はない
2、言葉の定義は時代とともに変わる
これはすこぶる便利な言葉で、主観によって、お好みの結論を導き出すことが可能になります。江戸・明治・大正・昭和の風俗地理文献はたくさんありますから調べることをお勧めします。
1、もともと定義はあったのです(下町につき御府内備考参照)
2、変化は見られますが、なんでもあり、ということではありません「日本地理風俗体系・大東京篇」(昭和6年)「日本地誌・第7巻・東京都」(昭和42年)

【おかしな下町・山の手イメージ】
@寺や神社があって賑わう下町(根津・谷中等)=寺社奉行が支配した寺社地と門前町はそもそも下町ではありません。
A岡場所のあった下町(根津など)=町奉行管轄である下町で隠れ売春など絶対に出来ない。寺社管轄で規制の緩い門前町であったから営業できました。
B古くからの商店街が続く下町(谷中銀座・よみせ通等)=商店街が下町なら東京中下町だらけ。山の手にも商店街がないと生活できないです。谷中銀座は戦後、よみせ通りも昭和に入り藍染川を暗渠化した通りに出来た歴史の浅い寺町商店街。タウン誌谷根千の下町宣伝以降下町と思う人が増えた。商店はブームにあやかりたいので下町主観が多い。
C山の手の下町(麻布十番など)=最近の造語、単なる山の手の商店街。山の手・下町は一団となる地域の総称で、山の手の中にも商店街も当然あるが、それが下町ということにはならない。(下町主観)
D古いレトロな町並みが続く下町=震災戦災にあわなかった江戸・明治・大正の古い町並みはむしろ山の手に多く残っている。(谷中・根津・本郷・小石川等)
E江戸職人の店のある下町(江戸千代紙谷中いせ辰など)=いせ辰は幕末日本橋に創業、震災で焼け神田に移転、太平洋戦争中戦災を逃れ、現在地に移転、谷中での歴史は浅い。店主移転理由『谷中は山の手で地盤が固いから・・・』
F杉並や世田谷の山の手=高度成長期以降に不動産屋のお抱え都市デザイナーの考案考造語、最初は遠慮して第三山の手・第四山の手といっていたが最近では住民の主観で平然と山の手を名乗る。(山の手主観)
Gでもどう見ても下町なんですが=下町イメージが異常です
投稿者:わきた・けんいち
皆様、コメントありがとうございます。東京の歴史を知らない頓珍漢なことを申し上げ、ご気分を害されとしたら、どうかご容赦ください。お2人のご指摘をふまえますと、山の手と下町を、江戸時代からのエリア区分という歴史的事実にもとづいて把握するのか、それとも、そこにお住まいの方たちの主観に配慮したり、あるいは微細な町の状況によって把握するのかによって、ずいぶん異なってくるということがよくわかりました。時代により両者の境界の辺りをみていると、山の手が下町化したり、昨今の再開発下の状況においては、逆に、下町が山の手化していくととらえることもわかりました。いろいろ勉強させていただき、恐縮です。

http://blue.ap.teacup.com/wakkyken/
投稿者:masa
すっとこどっこいsan、こんばんわ。本文中に記載のあるMと申します。仰いますように、さほど東京の歴史を知りませんが、「山の手」と「下町」については、昔から、線引きそう明確になされるものではなかったのではないでしょうか?
例えば「大東京繁盛記」には、浅草が下町編に記載されているそうですが、小林信彦氏は、「子供の頃、深川で育った人のなかには、浅草を山の手だと信じていた人がいる」という記述をしています。また、神保町は、人により下町であったり山の手であったりするようです。
実際に歩いてみますと、谷中と根津では明らかに性格が違いますし、本郷でも森川町と田町では、小石川でも富坂と柳町あたりでは、明らかに町の性格・表情が異なっています。したがいまして、マクロの眼で見る場合とミクロの目で見る場合で、線引きにズレが出るのは無理のないことだと考えるのですが…。
>>下町の山の手化という現象です。

東京の歴史を知らない人が頓珍漢なことをおっしゃってるようにみえます。
上野台地東崖から西に谷中・根津・弥生・千駄木・本郷・小石川・目白台・市谷など、これらは江戸時代から今日までずっと山の手と呼ばれていましたよ。
山の手台地は台地上だけでなく谷の部分も含めて一帯が山の手なんですが。
谷根千などがタウン誌で下町と言い出したのは一昔前かそこら。
わたしらは、いつの間に、山の手の下町化が進行したのかしらん、と思ってましたが?
投稿者:わきた・けいんち
巨大ビルですが、よ〜く見てください。まず、上のほうにある斜めの部分。これは、「鼻」ですね!!そして、この鼻の横にある黒い四角の部分。これは、「目」ですね!!さらに、丸い回転レストラン風のところ、これは「口」ですね!!

このように「怪獣」との指摘をくださったのは、知り合いのHさんです。Hさんの直感は鋭いですね〜。

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