
■「鳥篭?」そう思わずつぶやいてしまいそうですが、もちろん、そうではありません。この建物は、寧波市の中心街にあるアパートです。再開発がどんどん進んでいる地域に建てられた高層マンションとは違い、8階建であり、洗濯物が干してあったりと、生活の雰囲気がとても滲み出ています。建物の雰囲気からして、おそらくは、たってから10数年という感じでしょうか。お住いになっている皆さんも、いわゆる中流階層なのではないかと思います。で、「鳥篭」についてですが、中国を旅行された皆さんはよくご存知のように、これは防犯のためにつけられたものです。
■もちろん、すべてのお宅にこのような「鳥篭」があるわけではありませんが、あちこちのアパートでこの「鳥篭」をよくみかけます。他の都市でもよく見かけるものです。ただ、こちらのアパートのばあい、完全に「鳥篭」状態なのです。なんだか、すごいな〜。8階まで「鳥篭」があるということは、そこまで登って泥棒に入られる可能性がある…ということなんでしょうか。まあ、日本ではこういう「鳥篭」は、みたことがありません。もし、こんなことをすると、いろいろ問題になってしまうでしょうね。通訳として同行してくれた大学院生のS君は、日本での留学年数が長いせいか、「これも景観破壊だよ」とちょっと嘆いていました。ただし、S君は、こういう話しを以前してくれたことがあります。たしか、昨年の9月に、S君と一緒に寧波を調査したときのことです。
■「僕からみると、日本人はボーッとしているように見えます。それは、日本では、社会の様々なシステムがきちんと動いていて、そのシステムを多くの日本人は信頼しているからです。それと比較したとき、中国では、システムはあまり信頼できない。自分のことは、自分でまもらないといけない。なにかあったときのために、自分で自分を守るための人間関係をつくらなければならないんですよ」。ここでは、S君なりの比較社会学的な考察(個人と社会の関係の基本的なあり方の差異)が行われています。このアパートの写真を面白がって撮りながら、私はS君の話しを思い出したのでした。

■この日(3月17日)は、とても暖かい日でした(寧波は、緯度的には、九州鹿児島の少し南と同じぐらいのところに位置しています。この季節の寒暖は、日本にかなり近いと思います)。次のインタビューまでのあいだに少し時間があったので、近くの月湖とよばれる小さな湖(?)にある公園で休憩することにしました。写真は、公園の茶店で緑茶を頼んだときのものです。緑茶のはいったガラスのコップ、魔法瓶のお湯、そしてヒマワリの種がついてきました。ヒマワリの種はサービスです。中国の皆さん、ヒマワリの種やカボチャの種を上手に食べることができます。前歯のあいだで種を挟んで割って、舌で上手に種の中身だけとって食べて、殻ははきだす…。私は、どうもうまくそれができないのです。まあ、それはともかくです。忙しい日本を離れて、こうやってゆったりとお茶を飲んでいると、「しあわせやな〜」という気持ちになります。ゆったりとした時間が、体に沁み込んでいきます。こういう時間を日本でも、やはりきちんと持つべきなのでしょうが、なかなか…ですね〜。
■こうやってお茶をいただいていると、一人の物乞いの老人がやってきました。物乞いは、中国では珍しくありません。緑茶をいただきながら「しあわせやな〜」とボーッとしている私の横で、S君は「おじいさん、どこから来たんですか」なんて話しをしながら、突然、インタビューを始めたのでした。私なんかとは違って、なかなか立派です。物乞いの老人は、安徽省からやってきた農民とのことでした。「妻が病気で多額の費用がかかり、家畜も全部売り払ってしまった。春の小麦の耕作が始まるまで、自分1人でも食べていくことができない。友人を頼ってバスにのって数日前に寧波にやってきた。しかし、私のような老人では、仕事もない。ここから10数kmはなれたところに、友人と間借りをして暮らしている。毎日、中心部まで徒歩であるいてきて、資源ゴミを集めたり、物乞いをしたりしている」。このことが、どこまで本当のことなのかどうかは別にして、ひとつ前のエントリーにも書いたような格差社会の厳しい現実を垣間見ることになったのでした。

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