谷脇康彦(たにわき・やすひこ)  84年、郵政省(現総務省)入省。OECD事務局(在パリ)ICCP課(情報・コンピュータ・通信政策課)勤務(87-89年)、電気通信局事業政策課課長補佐(93-97年)、郵政大臣秘書官(99-00年)、電気通信局事業政策課調査官(00-02年)、在米日本大使館ICT政策担当参事官(在ワシントンDC、02-05年)、総合通信基盤局料金サービス課長(05-07年)、同事業政策課長(07-08年)を務め、08年7月より現職。ICT政策全体の総括、通信・放送の融合・連携に対応した法体系の検討、ICT分野の国際競争力向上に向けた施策展開などを担当している。著書に「世界一不思議な日本のケータイ」(08年5月、インプレスR&D)、「インターネットは誰のものか」(07年7月、日経BP社)、「融合するネットワーク」(05年9月、かんき出版)。日本経済新聞(Nikkei Net) ”ネット時評”、日本ビジネスプレス”ウォッチング・メディア”などへの寄稿多数。

2008/12/6

ニコラス・G・カー著”Does IT Matter?” (ランダムハウス講談社)  書評

 恥ずかしながら今頃読むに至った本書は、IT(用語の使い方は筆者に従う)はかつてはライバルに対して優位に立つための専有技術だったが、生産要素の一種でしかなくなり、コモディティ化したと指摘する。資源に希少性がなければコアコンピタンスにはなり得ない。翻案すれば、ITが普通の技術になることによって、社会経済システムの中で真にその真価が発揮されるのかも知れない。それはユビキタスという社会かも知れない。そこで真の範囲の経済と規模の経済が透徹することになる。

 また本書は、内燃機関から鉄道、さらに周辺産業の誕生という産業革命を現在のITの流れに結びつける波及モデルの考え方は極めて正しい。問題はその起点をどこに置くかということだろう。コンピューターの誕生、インターネットの誕生、wwwの誕生などなど、いろんな考え方があり得る。

 本書の指摘する専有技術とインフラ技術を概念として分けるのも、合理的である。後者は価値の共有により価値が高いものであり、ネットワークの持つ経済優位性などはこれに該当するのだろう。この関連で電力の登場が生産過程を変えていくプロセスの説明は一気に読ませる。それにしても、インフラについては専有期間として利益獲得できる期間は極めて短いことを歴史は教えてくれる。通信インフラをこのアナロジーでどう考えるか。おそらく、電力という単一財とITという複合財の違いもありそうだが、この点は筆者は触れていない。

 他方、情報の完全デジタル化はすべての情報がビット化し、劣化しなくなる。自由な複製が技術的に可能となり、情報がコモディティ化する可能性がある。現時点でそこまでは至っていないものの、ハードのコモディティ化は急速に進んでいる。これはオープン化、モジュラー化、ネットワーク化の流れとも密接に絡むだろうが、決して抗うことができないのもまた倫理的な流れ。大変なのは、筆者は「技術のコピーサイクル」と呼んでいる競争優位性の短期化の問題。グローバルな関連知識の向上やノウハウの普及によって、コピーサイクルが短くなる。まさにデジタル家電の投資回収期間の短期化の問題である。クラウドに至る流れ(仮想化技術の導入など)はその意味でとても合理的な論理パスを描いていると思う。しかし、クラウドは通過点に過ぎないとの思いもある。ネットワーク機器のコモディティ化の議論の中でクリステンセンの「オーバーシューティング」という概念を持ち出している。これなどモバイル端末の状況そのものではないか。“ほとんどの顧客のニーズを満たせるようになると、競争の基盤は性能から価格に移る”という指摘は示唆的である。その後、ソフトウェアのコモディティ化も進む。個別ソフトからパッケージソフト、さらにSaaSによる流通コストの低下とスケールメリットの発揮と続く。

 企業という供給側の組織ではなく、消費者のニーズが製品を作り出していくようなプロダクトサイクルが求められてくる。理念的にはこれを実現するためには多様なバリューチェーンを持ち、そのために様々なアライアンスが必要になる。これを競争政策の視点もからめると、特にモバイルなどの公共財を使っている分野ではオープン性の確保が必要ということになるはずだ。それにより、始めて持続成長可能モデルではなく、てこ入れ可能成長モデルを作り出すということができそうだ。

 いずれにせよ、ICTの分野で久々に読んで参考になる本でありました。本書の邦題(ITにお金を使うのは、もうおやめなさい)は見識を疑う。長谷川慶太郎さんの本みたい。原題の”Does IT Matter”が本書のすべての問題意識を表している。
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